とあるカラオケボックスを成功に導いた「有意注意」

千田 直哉 (株式会社ダイヤモンド・リテイルメディア編集局 局長)
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「有意注意」(自分の意識を意図的に凝縮させること)とは、人生哲学の大家である中村天風さんの言葉である。京セラ(京都府/谷本秀夫社長)の創業者・稲盛和夫さんは、主宰していた「盛和塾」(2019年12月末閉塾)で好んで教えていたと聞く。

loveshiba/iStock

カラオケボックスにて

 「有意注意」とは、たとえば、遊ぶにしても、道を移動するにしても、ただ漫然と身を任せるのではなく、何かを学ぼうとしながら取り組むことを言う。

 若き日々に盛和塾に学んだある経営者は、自分がいかに「有意注意」を実践したかについて次のように話してくれた。

 「懇親会の2次会で地元では繁盛店と言われるカラオケボックスに行ったら、しばらく待たされたのです。その待ち時間に“カラオケ屋”という商売を試算してみました」。

 「部屋数は12、11時から26時までの開業時間中は、いつ行っても満室です。1部屋単価が3000円で稼働率を80%とすると1時間で約3万円の売上になります。15時間営業だから1日の売上は43万円プラス飲食費。割り引いたとしても40万円の売上が期待できます」

 「ということは、1カ月の売上は1200万円。一方、不動産家賃は相場からいって100万円以下、2~3人のバイトを使うとして、コストは合計で130万円以下と計算できました。その他レーザーディスクのレンタルフィーが1部屋1万5000円として、どんなに多く見積もってもトータルコストは400万円。そうすると月間800万円の利益が出ることになります」

100円ショップから得た着想

 「これは儲かるぞ!」

 経営者は、待ち時間にそんな算用を頭で描き、即座にカラオケボックスビジネスに参入した。

 「我が意を得たり!」

 業績は当初のシミュレーション通りに推移した。けれども、この経営者はそれだけで満足しなかった。

 多店舗化に乗り出すとともに、カラオケボックスという画一的な装置産業の商売に自社のオリジナリティを付加させるにはどうしたらいいかを模索した。TVやラジオ、雑誌にパブリシティとして取り上げてもらえるには果たして何をすればいいのか……そんな観点を持ちながら、毎日「有意注意」して街を歩いてみた。

 すると、目の前に100円ショップがあった。

 「これだ!」

 その経営者は、膝を叩いた。

 「今のルームチャージ方式ではなく、カラオケを100円でできるようにすれば面白いのではないか?」

 思いついたのは、カラオケボックスの利用料を15分で100円にすることだった。この経営者の読み通り、地元のTVや雑誌の取材が殺到し、カラオケボックスの事業は成功を収めた。

 経営者は振り返る。

 「社会を『有意注意』して眺め、考えていると、これまで考えてもみなかった多くの情報が入ってきます。逆にそれを拒絶していると何のヒントも浮かびません」

 「我以外皆我師(われいがい、みなががし)」(小説家・吉川英治)という言葉があるように、どんな些細なことにも、ビジネスのヒントは埋まっている。しかし、それには、「有意注意」なしには気づけないということであろう。

記事執筆者

千田 直哉 / 株式会社ダイヤモンド・リテイルメディア 編集局 局長

東京都生まれ。1992年ダイヤモンド・フリードマン社(現:ダイヤモンド・リテイルメディア)入社。『チェーンストアエイジ』誌編集記者、『ゼネラルマーチャンダイザー』誌副編集長、『ダイヤモンド ホームセンター』誌編集長を経て、2008年、『チェーンストアエイジ』誌編集長就任。2015年、『ダイヤモンド・ドラッグストア』誌編集長(兼任)就任。2016年、編集局局長就任(現任)。現在に至る。
※2015年4月、『チェーンストアエイジ』誌は『ダイヤモンド・チェーンストア』誌に誌名を変更。

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