第298回 危ういところでダイエーと中内㓛を支えていた、渥美俊一と打越祐

樽谷 哲也 (ノンフィクションライター)
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評伝 渥美 俊一(ペガサスクラブ主宰日本リテイリングセンター チーフ・コンサルタント)

「楽しいことは何もなかった」──中内㓛

 前回の終盤に、イオン成長の知る人ぞ知る立役者で、岡田卓也の実姉である小嶋千鶴子の106歳での訃報と、ライフコーポレーション創業者にして、渥美俊一と同年生まれで96歳の清水信次の取締役退任発表について、心よりの冥福と、いっそうの壮健の祈りを捧げるとともに記した。さみしくてならないという声が寄せられた。

 イオンには、自らが教育を施されたのは小嶋千鶴子その人にほかならないと迷いなく答える幹部が現在も数多くいる。清水信次は自ら年に2回のペガサスクラブの政策セミナーに欠かさず参加しており、休憩時間には会場の後方で巨体を揺すって柔軟運動をする姿もよく知られていて、名刺交換を希望する他社の老若の幹部たちが列をなすことも珍しい光景ではなかった。おそらく、15年ほど前まで、そうした光景がセミナー会場で見られたのではなかったろうか。仰ぎ見るような存在であったとしても、身近に思いを寄せていて、離れ難いさみしさを覚えることは、人の一生にあって少なくないであろう。

 ダイエー創業者の中内㓛は、絶頂期の栄光が霞むように、功罪半ばする経営者として見られるようになり、とくに晩年は自身にとっても不本意な評と声に甘んじなければならなかったであろう。諸行無常である。だが、経営者とその企業への評価は、生温いものでは意味をなさず、あくまで非情でなければならない。

 渥美俊一の2002年3月のインタビュー取材などでの証言や指摘をもとに、これまでダイエーの総括を進めてきた。

 渥美は、ダイエーグループ内で、有利子負債の複雑な付け替えが多く見られたと指摘した。より露骨に表現するなら、グループ内での借金の押し付け合いがなされていたのである。

 「ダイエーのグループ会社同士の株式の持ち合いも複雑なんです。たとえば中内ファミリーが持っている子会社、関連会社の株式はどれくらいなのか、借金はいくらなのか。僕は中内さんに『計算してみているんですか』と何度も訊(き)いたことがあります。中内さん、『わからん』って困った顔をするんですよ。『調べなきゃだめじゃないですか』っていうと、『調べてみる』とは答えるんだけど、放っておけばおくほど日を追うように内情は変わっていくものなんです」

 会長に退くと発表する記者会見の場で、「人生で楽しいことは何もなかった」とさびしそうに苦笑いする中内㓛の俯(うつむ)いた表情を、忘れようにも忘れられない。戦争から復員し、焼け野原から文字どおり裸一貫で身を興して、一時のこととはいえ、日本一の小売業経営者にのし上がったかつての盟主の退陣の弁としては、あまりに虚しい独白であった。渥美の指摘に耳を傾けていて、あの事実上の引退表明会見での中内㓛の横顔が思い出されてならなかった。非情に徹しきれぬ腑抜(ふぬ)けでは、もとより失格である。

サンコーの買収

 渥美の東京大学法学部の級友で、中内の側近幹部として

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記事執筆者

樽谷 哲也 / ノンフィクションライター

1967年、東京都生まれ。千葉商科大学卒業。雑誌編集者を経て、98年からフリーランスに。渥美俊一とJRC、流通企業と経営者、周辺の人物への取材は10年以上に及ぶ。「人間 渥美俊一」を渾身の筆で描く。

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