[ロンドン 7日 ロイター] – 1月12日、コンピューターが生成したピクセル画のキャラクターが、約5060万ドル(58億4500万円)相当の暗号通貨で売却された。舞台は、非代替性トークン(NFT)を扱う新たなオンライン市場だ。
ところが、事態は奇妙な方向へと進む。
5分後、元の売却者が、同じNFT「ミービット」(紫のパンツと緑のスニーカーを履いた仮想世界のキャラクターだった)を購入者から約4960万ドルで買い戻したのだ。
何のことやら、と思うだろうか。これがNFTの奇妙でワイルドな世界だ。NFTは新種の暗号資産で、画像や動画、さらにはアバター用の服装に至る、さまざまなデジタルアイテムを表現している。NFTは、話題沸騰の「メタバース」における、誕生間もない、ほとんど規制が及んでいない経済の一要素として、この1年間で人気を急速に高めた。
プロフィール画像として使われることもある「ミービット」は、匿名の2つの暗号通貨ウォレットの間で取引された。NFT売却時にはその基盤であるブロックチェーン技術により公開の記録が生成されるが、取引に関与した人物の氏名は記録されない。1人の人物が複数のウォレットを所有し、売り手・買い手双方としての取引が可能だ。
ロイターは公開されているブロックチェーン記録を検証した。すると、NFT取引サイト「ルックスレア」では先月、このミービットの他にも数十件のNFTが立て続けに、それも異常な高値で、少数のウォレット間で売却と買い戻しを繰り返されていたことが分かった。
1月11日以降では、たとえば別のミービットNFT(こちらはスポーティな服装でポニーテール姿)が3つのウォレット間で100回以上も取引されている。大半は300万-1500万ドルの価格帯だった。1月12―19日の週には、オンラインのアドベンチャーゲームで使われる仮想装備を表現する「ルート」バッグと呼ばれるNFTが、2つのウォレット間を75回往復している。1回の取引額は3万-80万ドルだった。
こうした活動にも支えられて、ルックスレアにおける取引額は、1月初めのサービス開始以来少なくとも108億ドルに達したことが、市場調査会社ダップレーダー提供のデータから分かっている。
1月31日時点での同社データによれば、1月にNFT業界全体で記録された取引額上位27件(総額13億ドル)は、ルックスレアで取引するたった2つのウォレットによるものだった。また、上位100件(23億ドル相当)に関与したのは、やはりルックスレアで取引する16のウォレットによるものだったことが判明した。
「多くの取引が1組のウォレットの間で発生している。たとえばウォレット1がウォレット2に売り、2がそれを再度1に売る」と説明するのは、ダップレーダーで金融・調査担当ディレクターを務めるモデスタ・マソイト氏。「現実の需要ではなく、不自然な取引である可能性はかなり高い」
別の市場調査会社クリプトスラムも、ダップレーダーやルックスレアの取引高が人為的に膨らまされていると報告した。こうした取引はルックスレアにおける報奨制度と関連している可能性があるという。ただしマソイト氏は、ルックスレアのサイトでは「リアルな」取引行動もあったと述べている。
ルックスレアは、独自の報奨制度に触れつつ「コミュニティ最優先のNFT市場で、取引に参加すれば報奨が得られる」と説明している。その制度の一環として、参加した取引が全体に占める比率に基づいて、トレーダーに与えられるトークンがある。
ルックスレアの広報担当者によれば、このトークンは「ルックス」と呼ばれ、その後、「ステーキング」と呼ばれるプロセスで使うことができる。すべての取引で徴収される2%の手数料によって生じるルックスレアの収益の一部を要求できる仕組みだ。
ロイターが検証した取引について、またこの種の取引によって取引高が不自然に膨らんでいるのではないかとの質問に対し、ルックスレアの広報担当者は、そうした慣行は非常にリスクが高いと答えている。理由として、トレーダーは取引コストを負担しなければならないが、それを回収できる保証はないからだという。
トレーダーには、当日の取引時刻が終了するまで、自分が「ルックス」獲得に該当する取引を行ったか、何個の「ルックス」を獲得できるかは分からない。他のトレーダーの取引内容を知るすべがないからだ。
広報担当者によれば、ルックスレアの仕組みは、トークンを預けて利子を得る「イールドファーミング」の旨みを長期的に減らしていくように設計されていると説明する。
「ルックスを使ったステーキングという報酬制度は、ステーカーが取引手数料の100%を獲得する、トークンの中核となる報酬体系だ。これにより利用者とステーカーのコミュニティーが形成され、このプラットフォームを最適の状態にするという目標を共有することになる」と広報担当者は語った。
「仮装売買」の批判は当たっているか
とはいえ、こうした取引行動からは、2021年度に250億ドル相当の売上高を上げたNFT産業の不透明で投機的な本質を垣間見ることができる。
新たに誕生したNFT市場をめぐる活気は、「クリプトパンクス」「ボアードエイプ」といったコレクター向け美術品によって支えられてきた。これらはアルゴリズムにより生成された肖像画で、数百万ドルで販売されることもある。最近では「お騒がせセレブ」のパリス・ヒルトン氏やテレビ司会者ジミー・ファロン氏らが自分の「ボアードエイプ」を自慢するなど、著名人からの関心も高まっている。
コカ・コーラやグッチなど複数の大手企業は、独自のNFTを使って社会の反応を探っている。一方で美術業界では、大手オークションハウスの昨年の収益の20分の1強がNFTによるものだった。
BNPパリバの系列企業、ラトリエ社で新興テクノロジーの調査に当たっているジョン・イーガン最高経営責任者(CEO)は、ロイターが確認したルックスレアにおける取引行為を「ウォッシュトレード(仮装売買)」であり、株式・債券といった伝統的な金融市場であれば当該資産の需要について誤った印象を与えるとして禁止されるはずだと捉えている。
だが、暗号資産に詳しい法律専門家2人は、誕生したばかりのNFT産業においては同等のルールが存在せず、こうした取引も違法ではないと語った。
イーガン氏は、こうした取引に関して「ルックスレア自体が責めを負うわけではない」と説明する。「プラットフォームを使ってくれるよう、大口投資家に効果的な報奨を提供し、その過程で大きな注目を集め、新規ユーザーを獲得する。いわば、マーケティング上のインセンティブだ」
ルックスレアの支持者にとっては、仮想世界での「ゴールドラッシュ」で成功を収めるための健全な戦略に思えるだろう。メタやマイクロソフトといった巨大IT企業が、メタバースに関するそれぞれ独自のビジョンを推進するために何十億ドルも投資し、将来の利益に至る道を整えているのと同じだ、と。
1月の派手な活動によって、ルックスレアは業界首位だった創業4年の「オープンシー」を追い越し、月間取引額で最大のNFT市場になった。ただしダップレーダーのデータによれば、1日あたり取引件数は、オープンシーの5万7000-9万件に対して、3500件にも届かない。
ロイターではオープンシーにもコメントを求めたが、回答は得られなかった。
ツイッターの「dingaling」というユーザーは、1月12日に投稿した一連のツイートの中で、ルックスレアにおける仮装売買は不適切なものに見えるが、市場シェアを高め、NFTコミュニティーにさらに透明性の高い分権化された市場を提供するためには「必要なステップ」の1つかもしれないと述べている。ルックスレアによると、「dingaling」は同社の投資家であり、アドバイスを受けているという。
「人は仮装売買と聞くと真っ赤になって怒るが、私にはその理由がどうにも理解できない。だって、自由市場ではないか」とdingalingは続ける。「実際の取引量の方が上回ってしまえば、もはや仮装売買などお呼びでなくなる」
リアルで会ったことのない運営チーム
規制という観点からは、世界各国の規制当局が、暗号資産がさらに広範に台頭することで金融システムの基盤が揺らぎ、犯罪の誘発と投資家の被害につながるのではないかと危惧している。
これまでの取り組みはもっぱらNFTよりも暗号通貨に重点を置いていたが、NFTは新たな問題を投げかけている。たとえば、唯一無二(非代替性)でありつつ、本質的に非常に多彩であるNFTを、どのように分類するかだ。
国際法律事務所リード・スミスのパートナーであるへーガン・ルーク氏は「一般的に、各々のNFTが純粋に唯一無二のアイテム、たとえば唯一無二の収集品、美術作品、メディアコンテンツなどを表現しているのであれば、金融商品として規制すべきではない、と認識している国・州などが多い」と話す。
伝統的な規制当局としては、文化的なギャップを埋めていく必要に迫られるかもしれない。
ルックスレアの創業者については、「ガッツ(Guts)」「ゾッド(Zodd)」というハンドルネームしか知られていない。広報担当者は創業者について「NFTオタク」と表現。運営チームの所在は複数のタイムゾーンにまたがっており、ほとんどの場合「『ミートスペース』(実生活)でお互いに会ったことは一度もない」という。
「ミートスペース」とは、現実の物理的世界を意味する、インターネットマニアが使う用語だ。
「リズル(Rizzle)」と呼ばれる常連のNFTトレーダーは、主にオープンシーを利用しているが、ルックスレアが報奨モデルの効果で引き寄せた有力なNFT投資家の1人だ。
「リズル」は、いくつかの「ルックス」トークンを無償で受け取った後でルックスレアに参加。これを元手に「ステーキング」で利益を上げ、その後は「いくつか気に入った特徴があるので」、同プラットフォームで取引を行ったという。
「さらに大きな初回利用インセンティブを提供する別のプラットフォームが突然現われて、同じユーザー層を奪おうと試みるとしても驚かないだろう」と「リズル」は話した。