実践的ID-POS分析 プロモーションの最適化
「実践的ID-POS分析」連載第3回は、1:1プロモーションを中心に、プロモーションの最適化を取り上げる。顧客1人当たりの売上高を最大化するためには、顧客を正しく理解し、精度の高いプロモーション・プログラムを企画、実行していくことが重要である。顧客分析を起点に、プロモーションを最適化するためのポイントを解説する。
ロイヤル顧客は「育てる」もの
小売業のロイヤル顧客はほんの一握りで、決して「自然に」増えていくことはない。企業はロイヤル顧客を育成していく必要がある。米ドラッグストアのCVSヘルスには、約50の商品カテゴリーがあるが、4分の1の会員は1つか2つのカテゴリーしか購入していないという。CVSヘルスは、ロイヤル顧客を増やすため、レシートやスマホなどでパーソナルクーポンを配信し、顧客の来店頻度や買上点数の拡大を図っている(写真A)。
こうした、ID-POSを活用した1:1プロモーションの事例が増えている。米食品スーパー(SM)のクローガーもパーソナルなクーポンを配信している(写真B)。米SMのセーフウェイの「Just for U」では、顧客の購買履歴から最適な推奨商品(定期的に購入している商品など)を分析し、さらに個人ごとに特別な大幅値引きで訴求している(写真C)。競合とのダイレクトな価格競争を避け、来店を維持するための効率的な価格政策を実現した事例と言える。
もちろん、1:1プロモーションだけでなく、チラシや一般のクーポン、店頭における販促施策も重要だ。この領域では、ID-POS分析から、買上頻度を上げる商品(トラフィック・ドライバー)や、買上点数を大きくする商品(バスケット・ドライバー)を特定し、客数や客単価の向上をねらった、効果的な施策が設計できる。あるいは、価格が重視される価格敏感商品(キーバリュー・アイテム)を特定することで、それを軸にした効果的な価格訴求も考えられる。
ただし、ロイヤル顧客育成の目標は、単に、こうした施策一つひとつの効果を出すことにあるわけではない。その総和としての顧客生涯価値(LTV=ライフ・タイム・バリュー)の最大化をめざすことにある。そのために、どのような施策にフォーカスし、どのように施策を編成していくべきなのかを正しく判断し、効果的なロイヤル顧客化プログラムを設計することが重要である。
ロイヤル顧客化のためのプログラムの設計
ロイヤル顧客とはどんな顧客だろうか。
一般には、一定期間の買上金額が大きい顧客ほど、ロイヤル顧客と考えられることが多い。しかし、買上金額は、変動が大きく、将来のLTVとの明確な関連性が見られない場合がある。
たとえば、ある小売業では、家具を買った顧客の買上金額は高いが、一度買った顧客は二度と来店しない可能性が高い。そのため、LTVは低い。高頻度で来店し、日用品などの複数のサブカテゴリーを購入する顧客の方がLTVは高く、ロイヤル顧客となる。この場合、LTV向上のためには、金額よりもカテゴリー数と頻度を伸ばすことが重要と言える。
一般にLTV向上の因子としては、金額、頻度、点数、リピート商品点数、店舗とEC(ネット通販)の併用などさまざまなものが考えられる。一方、企業のリソースは限られていて、すべての施策を実行することはできない。LTVとの相関が高い重要な要素を見極め、優先度を正しく判断することが、ロイヤル顧客化プログラムの蓋然性を高めるうえで重要である。
ある通販企業は、顧客定着化に寄与する商品(定着化商品)を突き止め、そのリピート率向上が重要であると分析した。これにより、定着化商品の買上点数と頻度の向上を目的に、ロイヤル顧客化プログラムを設計している。1:1プロモーションでは、新規顧客に対して、まず売れ筋の定着化商品を推奨する。次はその再購入を促し、その後は定着化商品の点数を増やすための訴求を行い、併せてマスの施策でも定着化商品を軸に訴求を行う。
プロモーションで訴求すべき商品
プロモーションでは、LTV向上因子に貢献する商品を訴求することが効果的である。買上頻度が重要であれば、「頻度を上げる商品」を訴求するのが有効だ。また、一般に値引きプロモーションでは、価格敏感商品を訴求すると買上率が高い。ID-POS分析からこうした商品を見つけ出すことができる。
●トラフィック・ドライバー:買上率が高い商品や、リピート頻度が高い商品。SMであれば牛乳など。
●バスケット・ドライバー:別の商品の併売を引っ張ってくる商品。つまみの併売を引っ張ってくる「ビール」など。または、点数/客単価が大きいバスケットに含まれている商品。
●価格敏感商品:価格に敏感な顧客層がよく購入する商品、または価格弾力性が高い商品。
●ロイヤルティ・ドライバー(ロイヤル顧客化に寄与する商品):「この商品を買っていれば、定着率やLTVが高くなる」という商品。たとえばネットスーパーでは一般に、重くて大きな食品や消耗品が定着に寄与する傾向がある。
こうした複数の特性を組み合わせることで、より効果的な訴求が可能になる。たとえば、価格敏感商品は一般に利益率が低いので、訴求してもあまり儲からない。しかし、それがバスケット・ドライバーであれば、併売によって、より大きな収益がねらえるようになる。
個人別に適切な商品を訴求
1:1プロモーションは、ロイヤル顧客化プログラムに沿って、顧客一人ひとりに合った最も効果的な訴求をダイレクトに実行できる施策である。
図表1を見てほしい。この例では、ある新規顧客に対し、LTV向上因子である「頻度」と「点数」の向上をめざしている。頻度向上のためには、顧客がよく購入している商品、とくにトラフィック・ドライバーの訴求が効果的と考えられる。また、点数向上のためには、顧客が未購入の売れ筋やバスケット・ドライバーの訴求が効果的である。このように、1:1プロモーションでは個人の購買状況に合った適切な商品を訴求し、顧客を育てるためのダイレクトな働きかけが可能である。
効果的な1:1プロモーションを実現するためには、次のような顧客に合った訴求を分析する必要がある。
●個人別商品RFM(最終購買日・購買頻度・累計購買金額)分析:個人単位で商品/カテゴリーごとのRFM値を算出し、RFMが高い商品/カテゴリーを推奨する。顧客がいつも買っているような商品が推奨されるため、買上率が高い。
●セグメント別商品RFM分析:セグメント単位で各商品/カテゴリーごとのRFM値を算出し、RFMが高い商品/カテゴリーを推奨する。上記ほど「個人最適」ではないが、逆に、個人が未購入の商品も推奨商品に含まれるので、新たな需要の発掘(買上点数増加)が期待される。
●レコメンド分析:過去の購買履歴を分析し、顧客が次に買いそうな商品を予測する。顧客が未購入の商品を埋めるために、期待買上率が高い商品を推奨することができる。
目的に応じて、複数の分析の結果をミックスして訴求することも有効である。
商品選定の問題だけでなく、価格も利益を左右する重要な問題だ。価格については、「ロイヤル顧客ほど値引きして、競合へのスイッチを防ぐ」という考え方がある。しかし、これではロイヤル顧客からの利益(利益全体の大部分)が低下してしまい、インパクトも大きい。そのため、利益最大化をねらった価格設定を取り入れた例がある。
あるドラッグストアで、利益最大化をねらった個人別価格設定の実証実験を行った。顧客ごとに、各種クーポン価格条件に対する期待収益を予測し、この結果から利益を最大化する最適な価格条件を割り当てた。結果としては、施策当たりの利益が従来比1.5?2.5倍に向上し、大きな成果が得られている。
以上で見てきたように、1:1プロモーションは、一人ひとりに合った最適な商品を、最適な条件で訴求し、効果的かつ効率的に顧客を育てることが可能だ。顧客育成の重要な施策であるが、一方で、非常に手間がかかる作業でもある。マーケティング・オートメーションのようなITの効果的活用も重要と言えるだろう。
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