[天津(中国) 22日 ロイター] – 中国北部天津市のある工場では、職員たちが無人搬送車のテストに没頭している。かさばる部品などを施設内の各所に運ぶために設計されたものだ。国内製造業をバリューチェーンの上流方向にシフトするため、中国政府はこうした新世代のロボットを求めている。
このロボットを製造する天津ランユーロボット(天津朗誉机器人有限公司)は、税制上の優遇措置と政府保証による融資を受けている。中国の巨大な工業部門の近代化と、専門的テクノロジー能力の進化につながるような製品を作ることが条件となっている。
同社でゼネラルマネジャーを務めるレン・ツィヨン氏は、ロイターにプラントを案内しつつ、「政府が製造業と実体経済に大きな関心を払っている。それが感じられる」と語った。
中国は、ランユーなどのハイテクメーカーによる研究開発を後押ししている。背景には、国内経済の他部門への締め付けを強める一方で、輸入テクノロジーへの依存を減らして「世界の工場」としての優位を強化したいという切迫した願望がある。
生産性低下と低付加価値の経済生産の停滞という、いわゆる「中所得国の罠」を回避し、世界第2位の済大国の舵取りをしていくため、中国政府はサービス部門から先進的な製造業へと産業政策の軸足をシフトさせている。
「プレッシャーは推進力になる。プレッシャーがなければ、企業の発展は難しい」とレン氏は言う。
無人搬送車のようなハイテク製品の需要拡大を受け、ランユーの今年の収益は2020年の倍以上の1億元(約17億円)になるという。
天津市全体で見ると、市当局は2021-25年に2兆元の投資を予定しており、そのうち60%は戦略的な成長産業に割り当てられる。天津市工業情報技術局のイン・ジフイ局長がロイターに語った。
市経済に製造業が占めるシェアは2020年には21.8%だったが、企業・政府双方による投資により25年には25%まで上昇すると、イン局長は予想する。市内の工業生産に占める戦略的産業のシェアも、昨年の26.1%から40%に増加するという。
「こうした目標の達成は非常に難しく課題も多い。古いエンジンから新しいエンジンへと切り替えつつ、安定的な経済成長は確保しなければならない」とイン局長は語る。
中国経済のアキレス腱
3月に決定された経済・社会発展の5カ年計画で、中国は国内総生産(GDP)に占める製造業のシェアを「基本的に安定」させると宣言。雇用創出のためにサービス産業に注力した2016─20年の5カ年計画とは対照的となった。
政府関係者の「工場」観をがらりと変えたのは、新型コロナウイルスと米中貿易戦争だ。工場はいまや旧式経済の古ぼけた遺物ではなく、戦略的価値をはらんだ資産なのだ。
パンデミック(感染症の世界的大流行)の間、中国各地の工場は、マスクや換気扇、リモートワーク用のエレクトロニクス製品に至るまであらゆるものを生産し、2020年初めの低迷から経済を回復させた。
さらに、米国との貿易戦争とそれに伴う米国政府の技術流出防止策によって、中国におけるハイテク関連ノウハウの欠如が露呈。イノベーション加速に向けた中国政府の決意はいっそう固くなった。
「貿易戦争が勃発して以来の外圧の高まりを受けて、政策担当者は、国内製造業のミドルエンド、ハイエンドを発展させる決意を強くした」と、HSBCで中国担当チーフエコノミストを務めるクー・ホンビン氏は語る。
「外圧が高まるほど、中国当局は製造業を重視するようになる。実際の政策支援につながることになるだろう」
天津を本拠として動物用ワクチンを製造するリンプー・バイオテック(天津瑞普生物技術)では、研究開発・品質管理用の米国製機器や原材料の輸入が危機的に遅れる状況に直面した。
リンプーのフー・シュービン副社長は、「社内の研究開発能力を拡大したり、他企業や大学と協力するなど、いくつかの手を打った。問題に直面している分野で代替手段を見つける能力を強化していくつもりだ」と語った。
危機感を推進力に
世銀によれば、中国のGDPに占める製造業のシェアは2006年の32.5%から2020年には26.2%に低下し、一方でサービス業のシェアは41.8%から54.5%へと拡大した。
当局者が懸念するのは、製造業に比べて雇用は多いが生産性の面で劣るサービス部門へのシフトがあまりにも急激になると、一部のラテンアメリカ諸国で見られたように、長期的成長が損なわれてしまうという点だ。
中国政府の政策顧問らによれば、政府は製造業の対GDP比が25%を下回ることを望んでいないという。これは韓国経済の構成とほぼ同じ水準だ。
匿名を条件に取材に応じた政府顧問の1人は、「中央・地方のいずれのレベルでも、当局は先進的な製造業への支援を拡大しているが、製造業のアップグレードの実現は円滑には進まないだろう」と語る。
中国は2021年から25年にかけて、人工知能や量子コンピューティング、半導体といった「フロンティア」テクノロジーを中心に、研究開発支出を年7%のペースで増やしていく方針だ。
この計画は、2015年からの産業政策「中国製造2025」に置き換わるものであり、対象は、新世代情報技術、バイオテクノロジー、新エネルギー、新素材、ハイエンド機器、新エネルギー車、環境保護、宇宙・海洋向け機器といった9つの新興産業となっている。
中国人民銀行(中央銀行)は、特にハイテク企業を中心とした製造部門に対する融資を促している。その煽りを受けているのが、新たに投機的投資を抑制する措置に直面している不動産部門だ。
前出のランユーのレン氏によれば、同社は研究開発に対する税制優遇措置が拡大したことを受け、今年は21年の予想収益の2割に相当する約2000万元を研究開発に投じる予定だという。
リンプーでは収益の8─12%を研究開発費に充てる。2020─23年の間に、オートメーションと製造設備の更新に13億元を投じる予定だ。
対外経済貿易大学中国WTO研究院のツー・シンチュエン院長は、「我が国にとって、テクノロジー面での自立を一部のセクターで達成することは、存亡を賭けた課題だ」と語る。
「危機感こそが大いなる推進力となる」