【新連載】小売業とM&A 第1回 成熟市場の先にあるもの
小売業が直面する6つの大きな環境変化
しかし、前節で触れた過去の活況な市場からは一転し、近年の小売業界は厳しい環境に置かれている。さまざまな環境要因が複合的に絡み合い、企業の生き残りや成長の難易度は年々高まっている。本節では、その6つの主因を取り上げていく。
①将来的な市場縮小
小売市場は人口動態と密接な相関を持つとされており、今後、国内市場は縮小する見通しだ。矢野経済研究所「2030年の小売市場に関する調査」によると、2030年の国内小売市場規模は対22年比で約14%減少すると予測されている。インバウンド需要の拡大は成長因子として期待されるが、観光庁「インバウンド消費動向調査」(24年)による試算では、買物代に関するインバウンド市場規模は約2.4兆円(24年)にとどまる。国内小売市場全体のわずか2%程度にすぎず、インパクトは限定的であると考えられる。
②仕入原価の高騰
原材料費や輸入コストの高騰などを背景に、小売業の仕入原価は上昇し続けている。日本銀行および総務省によると、国内企業物価指数(企業間で売買される物品の価格変動を示す指標)は直近10年(15~24年)で約23%上昇している。一方で、消費者物価指数は同期間で約10%の上昇にとどまっており、仕入価格の上昇分を十分に販売価格へ転嫁できていないことが読み取れる。こうした傾向は今後も小売業にとって収益を圧迫する要因となる見通しだ。
③賃金上昇
従業員の賃金上昇もまた、企業収益を圧迫する要因となっている。厚生労働省「毎月勤労統計調査」(24年12月分反映版)によると、小売業における非正規雇用者(パート・アルバイト等)の比率は全体の約6割に達しており、直近10年(15~24年)でパートタイム労働者の時給は約27%上昇した。これは、少子高齢化による労働人口の減少や日本政府による最低賃金引き上げ政策によるものとみられている。仕入原価と同様、労務コストの増加も小売業の収益を圧迫しており、今後もこの傾向は続くとみられる。
④業態の垣根を越えた競争の激化とECプレイヤーの台頭
近年、食品スーパー、コンビニエンスストア、ドラッグストアといった業態間で、取り扱う商品やサービスの重複が進んでいる。本来、各業態はそれぞれ異なる商品領域を担っていたが、現在では食品、日用品、医薬品など、多くの分野で競合する状況にある。背景には、テクノロジーの進展によって消費者の情報取得が容易になり、消費者ニーズ自体が多様化・複雑化していることがある。これに対応するかたちで、各業態が本来の枠組みを超えて市場を奪い合う競争が激化しているのだ。
たとえば、ドラッグストアにおける食品売上は14年から24年で約2.4倍に増加し、売上構成比に占める割合は約3割に達している(経済産業省「商業動態統計」(24年12月分反映版)。
また、ECプレイヤーの台頭により、急ぎでなく実物確認も不要な購買はリアル店舗からオンラインへチャネルがシフトしており、ECを専業とするプレイヤーとの競争も激化している。
⑤事業承継問題
地方の中小小売企業を中心に、少子高齢化に伴う事業承継問題も深刻化している。かつて市場拡大期に参入したプレイヤーが、創業から数十年を経て後継者不在問題に直面しているためだ。帝国データバンク「全国『後継者不在率』動向調査」(24年)によると、国内小売企業の約6割が後継者未定の状況にある。
⑥アクティビストからのプレッシャー
加えて、上場企業にとって、アクティビスト(物言う株主)の影響力は無視できない存在となりつつある。かつては主に株主還元策の強化を求める動きが中心だったが、近年では経営陣の交代や事業ポートフォリオの見直しにまで踏み込むケースが散見され、実際にアクティビストの要求を受けて経営陣の退任や事業売却に至る例も相次いでいる。
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