オーケーが調剤参入を決断、コスモス&アオキも事業強化へ
「オーケー薬局を始めます」──。今年5月、オーケー(神奈川県/二宮涼太郎社長)が同社ホームページ上で、2022年3月期の成長施策の1つとして「調剤薬局事業」への参入を明らかにした。その後8月1日、神奈川県横浜市にある「オーケー港北店」の2階部分に直営の調剤薬局第1号店となる「オーケー港北店薬局」を開業している。
本誌インタビューにおいて二宮社長は「オーケーを利用されているお客さまの総合的な買物の利便性を高めること」をねらいとして挙げた。すでに多くの競合他社を圧倒する競争力を有する食品売場に調剤薬局を加えることで、日常の食と健康を総合的に支えるフォーマットを創造しようというわけだ。
もっとも、ワンストップショッピングの利便性だけを追求するのであれば、テナントを誘致するかたちで調剤薬局を併設することもできる。現にSMの店舗内や、自社開発のNSC(近隣型ショッピングセンター)で調剤テナントを導入しているケースは珍しいものではない。しかし二宮社長は「運営ノウハウの蓄積、売場サイズや配置などを自社で自由に決定できること」などから、直営に踏み切ったという。
同様に、調剤ビジネスに食指を動かしているのがドラッグストア(DgS)だ。なかでも、これまで「食品強化型DgS」として注目を集めてきたコスモス薬品(福岡県/横山英昭社長)と、クスリのアオキホールディングス(石川県/青木宏憲社長:以下、クスリのアオキHD)が20年度の決算発表の場で口を揃えて「調剤強化」の戦略を発表したことは、小売業界に大きなインパクトを与えたと言えるだろう。
このうち、コスモス薬品は22年5月期に20~30店舗で調剤薬局の導入を計画。一方のクスリのアオキHDは22年5月期中に100店舗の開局、今後5年間で調剤併設率を70%(現在は50%超)に引き上げるという目標を掲げた(いずれも既存店への併設を含む数字)。
調剤ビジネスといえば、これまでは医療機関に近接するいわゆる門前薬局が大きなシェアを有していた。しかし、頻発する薬価改定や調剤報酬改定によって経営環境が目まぐるしく変化しており、さらにコロナ禍では医療機関の受診抑制の動きによって処方せん枚数も減少。とくに家族経営の中小薬局は淘汰の危機に瀕している。
そうした一方で、調剤市場での存在感を大きくしているのがDgSである。複数の医療機関からの処方せんを獲得できる環境の整備(いわゆる面分業)、薬剤師の採用状況に改善傾向が見られることなどを背景に、前述の食品強化型DgSも「調剤強化」を急ぐ状況になっている。
そこにオーケーのような食品小売、そして調剤薬局との共同出店や処方せん薬の受け取りサービス導入などを進めるコンビニエンスストアも部分的に参入。つまり門前薬局の“聖域”にさまざまなプレーヤーがなだれ込んでおり、まさに“調剤争奪戦”の様相を呈し始めているのだ。
食品小売の調剤参入は賛否両論渦巻く
ただ、調剤争奪戦において、SMをはじめとする食品小売がアドバンテージをとれる部分は今のところ少ない。食品小売にとって調剤はまったく別の領域のビジネスであり、一朝一夕で軌道に乗せられるものではないからだ。
まず課題として直面するのが、薬剤師など専門人材の採用だろう。前述のとおり足元の採用環境はある程度安定しているものの、少子化の動きも考量すると、中長期的には楽観視できない状況だ。調剤ビジネスについて詳しい船井総合研究所の清水洋一氏は「薬学部を擁する大学の数によって左右されるところもあり、すでに今でも地方部では新卒採用が厳しくなっているエリアもある」と言う。
また、食品小売の場合は薬剤師だけでなく、薬局経営に知見を持つ人材を獲得することも必須となる。前述のとおり薬価改定や調剤報酬改定が高頻度に行われることで経営上難しいかじ取りを迫られる場面も少なくないからだ。このほかにも設備や在庫管理、オペレーションの確立のためには少なくない投資が求められる。
このようにクリアすべき障壁が多いこともあり、食品小売業が調剤ビジネスに乗り出すことには賛否両論が渦巻く。本特集に際してSM各社に行ったアンケート調査でも、「顧客利便性の向上」「地域インフラとして必要」という声がありつつも、直営するとなると「投資対効果が期待できない」「調剤報酬改定で中長期的な収益維持は難しい」といった否定的なコメントも多く寄せられた。
ちなみに数は限られるが、オーケーに先行して調剤事業に参入している食品小売業は存在する。たとえばベイシア(群馬県/橋本浩英社長)や東急ストア(東京都/須田清社長)、オークワ(和歌山県/大桑弘嗣社長)がごく一部の店舗で直営の調剤薬局を導入。しかしいずれも事業としての規模は小さく、積極的な拡大策もとっていないのが現状だ。
また、ヤオコー(埼玉県/川野澄人社長)はかつて子会社の日本アポックを通じて調剤薬局事業を運営していたが、15年に同社の一部株式を医薬品卸大手のアルフレッサホールディングス(東京都/荒川隆治社長)に譲渡し、薬局経営からは事実上撤退。本業のSM事業に経営リソースを集中させるための判断であった。
このように、食品小売による調剤ビジネス参入は過去にもいくつか例があるものの、成功例といえるような事例には乏しい。
デジタル活用&サービスへの投資では食品小売は優位か
ただ、その流れで注目したいのが、調剤ビジネスに関して業務効率や顧客体験を劇的に向上させるデジタルツールやサービスが拡大し始めていることだ。
たとえば、これまで薬剤師の勘と経験に依存していた発注業務を、AIによる需要予測などによって適正化・効率化させたり、患者への服薬指導と同時に薬歴の下書きを完成させられるツールが登場している。また、利用者向けにはオンラインでの診療や服薬指導の拡大、バイク便などの物流インフラを活用した処方薬の宅配サービス、ドライブスルー薬局なども一部の調剤チェーンやDgSで始まっている。
こうしたデジタル活用やサービス向上の取り組みは、それらへのリテラシーが高く投資余力も持つ小売企業は導入しやすい。とくに後者の宅配やドライブスルーといった受け取り方法の多様化については、一部の食品小売は既存のインフラをそのまま活用することができるだろう。
いずれにしても、食品小売のような新規参入組にとっては、デジタル領域やサービス向上の取り組みにある程度の投資を行うことで参入ハードルが下がるほか、事業として成立させるために欠かせない「集客」の面で優位に立てるチャンスを得られるかもしれない。
DgS対策としては有用、非食品MDの再考も重要に
調剤事業参入にはさまざまな課題や障壁はあるものの、顧客利便性の向上、競争力強化、将来に向けた成長戦略という文脈で考えれば、決して悪手ではないことは確かだ。とくに食品小売にとっては、「対DgS戦略」として有効な手段である。というのも、先に挙げたコスモス薬品やクスリのアオキHDのように、食品の領域を侵食していた食品強化型DgSに対して、SMは「生鮮」や「総菜」といった既存の商材で何とか優位に立とうとするほかなかったからだ。しかし、調剤という本来は薬局やDgSがカバーする領域に乗り込むことで、本当の意味でDgSに対峙できるフォーマットを完成させられるかもしれない。
ただし気を付けたいのが、そもそも日本では「SM+調剤」というフォーマット自体が少なく、そのため消費者も現時点ではSMに対してそういったニーズをほとんど持っていないという点である。
前出の清水氏は「食品小売の場合、調剤に進出する前に、まずは日用品や化粧品、一般用医薬品などの品揃えを深掘りすることが先決ではないか」と指摘する。つまり各店舗の顧客ニーズを分析しながら非食品部門の品揃えを再考し、それをベースとして調剤事業に乗り出すという順序である。当然、DgSと戦える価格政策をとることも重要だ。この手順を踏むことで、顧客に対して、食品だけでなく非食品もリーズナブルに購入でき処方薬まで手に入れられるという“利便性を享受することの魅力”を認知させることができ、食品小売に対する新たな需要を創造することができる。
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ここにきて加速する、調剤をめぐるボーダレスな戦いの先に、どのような景色が広がっているのか。食品小売のフォーマットに変革をもたらすことになるのか。いずれにしても、「調剤争奪戦」は小売市場におけるパラダイムシフトになり得る事象であり、あらゆる業態にとっても、少なくとも“無関心”を貫くことは得策ではないはずだ。
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