コロナ禍での緊急事態宣言は、国民生活の制限と経済へ負のインパクトを与えた。しかし、本連載で幾度となく指摘しているが、新型コロナウイルスが来ようと来まいと少子高齢化などファンダメンタルな領域では変化が進んでおり、コロナ禍はそのスピードを早めたに過ぎない。とくに人の「移動と接触」を前提にしたリテール(小売業等)分野への影響は大きい。では、その変化の先にはどんなショッピングセンター(SC)が小売業界を牽引していくのか、過去の歴史を見ながら考えていきたい。
ダイエーを機にSC開発が進行
小売業は、古くは物々交換や市(いち)から始まり、その後貨幣の登場によって対価を支払う貨幣経済が発達した。流動的だった取引の場所も、固定化された市場(いちば)や店舗へと移る。
店舗は集積によって集客力や利便性が高まる。その結果として商店街が形成され、全国にアーケード街がつくられた。
また、集積は時として競争を生む。その結果、競争力を身に付けた店舗は大型化し、自らが中心となって人為的に店舗を集積させる。それがSCの始まりである。
1964年、競争力を持ったダイエー(東京都/近澤靖英社長)は大阪府豊中市に日本のSC第1号として「ダイエー庄内店」を開業する。これを機に全国でSCの建設が進み、今では全国に3000カ所を越える施設が立地することとなった。
当初SCは、ダイエーなど量販店が自らの不足する商品政策(MD)を補い、魅力を高めることに注力したつくりであったため、まずは自社店舗の売上向上に資することが前提にあった。
近年はSCの数が減少傾向に
その後、量販店に陰りが見え始める一方、都市への一極集中、モータリゼーションの発達、郊外住宅都市の開発などの社会環境の変化に合わせ、SCはその形態をファッションビルや駅ビル、郊外モール、アウトレットモールなどと多様化させ、成長していった。
ところが、2005年の「エキュート大宮」「エチカ表参道」などの「エキナカ」施設の開業を境にSCは成長が止まる。これ以降、現在まで類似したSCが量産され約15年が経過することとなった。
店舗を集積したSCは、1970年代から2000年代にかけて人口増加と経済成長を背景に隆盛を誇ってきた。とくに大店法廃止と大店立地法の制定、定期借家契約の登場、資産流動化法の改正が行われた2000年から大きく成長するが、18年にピークアウト、19年からSCの数も減少する。そして20年、追い打ちをかけるかの如く新型コロナウイルスが襲来した。
小売形態の変遷
今度は前述した歴史に沿って、小売形態の変遷を追う。
1960~70年代、店舗という「ストアリテール」が増加。その後、ストアリテールが並ぶ商店街「ストリートリテール」が形成される。
その後、中心市街地で「タウンリテール」が伸長する。いわゆる“路面店文化”である。その一方で都市への人口集中と鉄道網の発達、高速道路の整備などが進んだほか、グローバル経済の発達により空港の利用客も増加。鉄道駅や空港、サービスエリア・パーキングエリアなどの交通結節点における「トランジットリテール」が躍進する。「駅ビル」「エキナカ」がこの典型である。
他方で地価の高騰や住宅地開発(ニュータウン開発)によって住宅の郊外化が進んだほか、モータリゼーションも手伝い、大規模な駐車場を備える「モールリテール」が増加。それがリージョナル型やアウトレットモールなどに分化・枝分かれしていく。今後登場する形態では「カジノリテール」があるが、IR(統合型リゾート)法案で予定されているのは3カ所に過ぎず、時期も2020年代後半と言われている。
百貨店の衰退
かつて“小売の雄”と言われた百貨店の隆盛と衰退も、前述した小売業の歴史に連動する。町場で呉服屋として始まった百貨店の前身はまさしくストアリテールの走りであり、その立地も江戸時代から続く城下町などの中心市街地にあるのはそのためである。
鹿児島の天文館、博多の天神、広島の紺屋町、京都の四条、名古屋の栄、仙台の一番町、札幌の大通りなど挙げればキリが無いほど全国には類似の街の発展がある。
しかし時代は変わり、国民の生活は鉄道が中心となり、人の流れは中心市街地から鉄道駅に移っていく。その変化を察知した鉄道各社は駅上に「ターミナル百貨店」なるものをつくる。しかし、住まいの郊外化、モータリゼーションの発達、競合施設の増加などからターミナル型百貨店も地方都市から徐々にその営業を閉じているのが現状である。
スマホとコロナ禍が「ネットリテール」を加速
このようにリテールは、ストアリテール、ストリートリテール、タウンリテール、トランジットリテール、モールリテールと進化・多様化してきたが、ここに大きくインパクトを与えたのが、スマホの登場とコロナの襲来である。
2008年に登場したスマホは消費者の手の中に店舗を出現させ、時間と場所に関係なく消費行動を可能にした。さらにコロナ禍によって、国民は行動制限と接触の回避を余儀なくされ、リアルな場所への外出機会は減少。とくに、これまで“最強”と言われていた駅ビルなどのトランジットリテールにダメージを与えたことが特徴的である。スマホとコロナ禍によってECの利用が伸び(図表1)、「ネットリテール」が消費行動の中心に躍り出ることとなった。
緊急事態宣言が続きコロナ禍の出口が見えない一方、デジタル技術の進歩や5Gの普及によってネットリテールはますます伸長する。将来は「買う」という行動さえ自動化されるだろう。
「モノを買う」以外に人が集まる理由をつくる
では、ストアリテール、ストリートリテール、タウンリテール、トランジットリテール、モールリテールは今後どうなるのか。
残念ながら、人口減少社会においてネットリテールを凌駕するリアルなリテール形態をつくることはかなり難しい。とすると、これまで開発されたリアルな場所はリテールから一線を画す必要がある。モノを買うことは二の次。とにかく来店してもらうことをまずはねらうしかない。
そのためには時間消費性、滞在性、優れた空間環境、多機能化、エンターテインメント性などが重要だ。エンターテインメントと言うとアミューズメントパークのようなイメージを持つ方もいるが、それ以外にも人々が出掛けていく理由はある。人は決して家でジッとしていたいだけではない。移動欲求もある。
モノを売るのはネットに任せる――。それぐらいのいさぎよさを持ったうえで「場所」「広場」「コモンスペース」を表現した「パークリテール(Park Retail)」へ進むことも1つの選択肢として動き出している。
近年ではシンガポールのチャンギ国際空港にある「ジュエルの緑量」のほか、ロサンゼルスの「The Grove」や「Americana at Brand」など、2000年代にアメリカで登場した「ライフスタイルセンター」も1つの解だろう。
日本にも古くから人が集まる場所はある。なぜ人が集まるのか。コロナ禍によって多くの制限がなされている今、考える時期ではないだろうか。
西山貴仁
株式会社SC&パートナーズ 代表取締役
東京急行電鉄(株)に入社後、土地区画整理事業や街づくり、商業施設の開発、運営、リニューアルを手掛ける。2012年(株)東急モールズデベロップメント常務執行役員。2015年11月独立。現在は、SC企業人材研修、企業インナーブランディング、経営計画策定、百貨店SC化プロジェクト、テナントの出店戦略策定など幅広く活動している。岡山理科大学非常勤講師、小田原市商業戦略推進アドバイザー、SC経営士、宅地建物取引士、(一社)日本SC協会会員、青山学院大学経済学部卒