新型コロナウイルス感染症(コロナ)の拡大の長期化に伴う経済の低迷により、これから事業再生、企業再生は避けられないテーマとなる。そこで私が独自に体得した「企業再建の手法」を解説する本稿もこれで第6回目。「オペレーション改革」まで解説が終わったところで、改めて注意しておきたい点を、今のアパレル企業が置かれている状況を鑑みながら述べるとともに、いよいよ「三枚目」、贅肉を極力までそぎ落とした企業が取り得る競争戦略について話を進めていきたい。
このご時世に「売上5億円上積み増せ」と怒鳴る部長
今、商社では大変なことがおきている。アパレルに無事、売れもしない春夏商品をぶち込んで売上を確保した商社だが、今度はアパレル企業が秋冬物の仕入れ量を半分に減らしたからだ。アパレル企業の調達金額が半分になれば商社の売上も半分になる。冬は新型コロナウイルスが猛威を振るう季節とあって、どのアパレルも仕入を絞り出したのだ。
結果、「第3四半期の売上予測は過去最低となり、大赤字になる」とある商社から私は相談を受けた。
この会社はこのお盆休みは本社に対して、各事業部が事業戦略をプレゼンする期間だったようだが、判で押したようにそのテーマとして「デジタル化」をあげている。だが、なぜ、「デジタル化」をすれば、売上があがる、あるいは、利益が出るのか、合理的な説明はない。当たり前である。デジタルを導入するなら、それに見合った、いや、それ以上の人員削減をせねばコスト削減にはならないからだ(デジタル投資の分、減価償却費が増えるため)。
したがって、どのように計算しても全員を養ってゆける事業計画など書けない。そこで、出た号令が「とりあえず、全員、5億円ほど売上を積み増しておけ」である。これは実話だ。
古い教科書には、「商社を外して長い流通を短縮化すればコストは大きく下がる」と書かれている。だが、実際に原価率は下がらない。理由は簡単だ。商品付加価値を上げず、コスト削減ばかりやっているのだから、値引き販売しなければ売れないためだ。値引き販売をすれば上代は下がる。上代が下がれば、いくら原価が下がっても相対的に売上高原価率は上がるのである。
その上、商社をはずしたおかげで、アパレル企業はファイナンス機能を失う。そうなると、銀行借り入れは与信を超えるほどになり、あと数ヶ月で恐ろしいことが起きるだろう。これが、水面下で起きている実態なのだ。
昨日も、あるテレビ番組から「アパレル企業の在庫問題について取材をお願いしたい」と頼まれ、私は、「もはやアパレル業界は、そんなレベルの話を議論するほど余裕はない。産業が消えてゆくかもしれない状況に陥っているのだ」ということを説明したのだが、そのメディアの方達は驚いていた。昨年の消費増税、暖冬、DXへの過剰投資というカウンターの三連発で、すでに死に体となっていたアパレル産業だが、コロナ禍によりこれらの乱脈経営が見えにくくなり、結果として銀行からの過剰融資を引き出すことができたわけだが、これもあと数ヶ月だろう。今、金融の世界では半身不随のアパレル企業、商社が舞い込んできている。
前置きが長くなったが、私があえて企業再建の手法を数回にわたって解説しているのは、こうした背景があるからだ。
この論考が世に出るころには、資金繰りに苦しむアパレル小売企業が山のようにでてくることだろう。そして、新型コロナウイルス感染症のワクチンが開発されない限り、レナウンに続く倒産件数は加速度的に増えるだろう。その余波は、アパレル企業だけでなく、バリューチェーン全体におよび、次に餌食になるのは繊維商社だと私は見ている。
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取り得る競争戦略は4つ
さて、これまでの話を振り返ってみたい。
「一枚目」の要諦は、自社の衰退スピードにあわせ、現実を直視し固定費を大胆に下げる。これにより、コスト削減だけでブレークイーブンにもってゆくことだと説明した。そして、二枚目は、社内のオペレーションレベルを高め、組織に蔓延するムリ、ムダ、ムチャを排除。リーンでスピードある営業活動が可能になるようにQCD(品質、コスト、デリバリー) を最大化させると述べた。
「オペレーション」と言い切ってはいるが、ここではライトオフ・ルールなどの会計制度からデジタル変革(DX)、つまり、ロボティクス、Product Lifecycle Management(PLM、製品ライフサイクル管理のこと)などのソリューション活用までも視野に入れるべきである。できれば、二枚目の段階で、営業利益率10%を目指すべきだ。
勘の良い読者の方はお気づきと思うが、ほとんど全ての企業は、この段階までたどり着いていない。特に、組織が中太りし、船頭や評論家集団組織(利益を生まない企画組織)があちこちに存在し、社内で綱引きをやっているような企業・組織である。なおかつ忘れてはならないのは、この段階、つまり「二枚目」は、会社の固定費を軽くし社内のオペレーションのムダを派除しただけであるということだ。
結局、企業は市場環境、競争環境のトレンドからは逃げられない。つまり、ドメスティック主体のビジネスを続ける限り、市場は縮小し高齢化が進み、グローバルSPAといった桁違いな物量と投下資金で圧倒的なコストリーダーシップポジションを取るユニクロなどのグローバルプレーヤーに競争負けすることには変わらない。「三枚目」は、3年の猶予期間の間に、大胆な発想とイノベーションを通し、縮小する市場の中で競争相手を圧倒し、また、成長をするための戦略が必要なのである。
贅肉を極力までそぎ落とした企業が取り得る競争戦略は、論理的にいってその方向性は以下の4つしかない。
- まだ未開の地に打って出るか、衣料品以外の領域にMDを拡大するかのいずれかである
- 縮小する市場においては、物販以上に消費者の囲い込み(ブランド化)の方が重要
- 巨大企業に勝つため、あちこちに手を出すのでなく自社が本当に強い領域に集中する
- 縮小する市場で売上を上げる最も確実な方法はM&A
の4つとなる。それぞれ解説していきたい。
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ユニクロ、無印を除き、アパレルが海外で成功できない理由
まず、1について。海外市場への進出だが、過去日本のアパレルが海外で成功した例は、ユニクロと無印良品以外にほとんどない。私は、海外をまわり、企業の現地法人の人達にこうした現象について調査をしたが、彼らの返事は総じて煮え切らないものだった。
曰く、「言葉の問題」「日本本社の協力がない」「エース級の人材を送ってくれない」などである。これらに共通している点は、日本企業が世界で戦えない合理的な理由ではないということだ。
ユニクロの場合も、柳井正氏が社長を前任者に譲ったときは海外で失敗を繰り返した。だが、柳井氏が社長復帰後は、幾度も海外でチャレンジを繰り返し、いまや海外の方が日本以上に収益を出す状況にもちこんだのは周知の事実だ。
一見、よほど日本人は、海外でのビジネスを苦手にしていると見える。
しかし、日本の川上の歴史は、商社による「南下政策」により、生産拠点を日本から海外に、そして、人件費の安いところに移していったが、それにあわせて日本の生産者達も海外に生産拠点を移し成功してきた歴史がある。少なくとも、川上においては、日本人が海外で成功しないという理由はないし、海外で戦える侍 (さむらい) 達がいた。ここから得られる示唆は、どれだけ本気で取り組むかという根性論・精神論に行き着くことになる。
実際、繊維産業で、海外で成功している国の歴史を調べても、イタリア、韓国などが中国で繊維産業を拡大したトリガーは、自国がデフォルト(国の債務超過)など金融危機に陥ったことだった。つまり、自国では生き残る道はない、国も助けてくれないという崖っぷちの状況下で、片道切符で海外にでていったのが両国だ。
私は、日本人も、お尻に火がつけば、裏に秘めた国際感覚と大胆な度胸でどんどん海外に出て行くと思う。日本でうまみのあるビジネスがあったがゆえに、「本気でなかった」というのが総括になってしまう。私自身、サイエンティストとして煮え切らないところもあるが、事実だからしかたない。退路を断たなければ日本という国は本気で戦闘モードに入らないわけである。
MDミックスのリバランスについては、アパレル企業の衣料品以外のMD比率拡大、あるいは、物販からサービス提供者への転換はすでにはじまっている。丸井のModiは、衣料品割合は30%程度だし、D2Cへの投資子会社もつくっている。セレクトショップも徹底して百貨店を研究し、自社で売れる商品を並べ、「糸編(いとへん)は儲かる」という昔から念仏のように唱えられてきたセオリーに反旗を翻している。
羽田空港にあるISETANに、糸編(いとへん)商品は少数だし、六本木ヒルズのセレクトショップは、まるで雑貨を取り扱っている業態に見えるほどだ。このように、もはや日本という国は、30億から40億点もの供給量の衣料品を吸収しない。この供給過多問題を、AIなどの需要予測で解決するなど勘違いも甚だしい。ブランド力のない企業は、それを客観視しMDミックスのリバランス、つまり、衣料品からの撤退を考えるべきである。
2、3、4については次回解説する。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)