価格転嫁進まぬアパレル業界……衣料品は本当に30%も売れ残っているのか?

小島健輔 (小島ファッションマーケッティング代表)

筆者が確かめた「売れ残り率」の実態

 両者の「売れ残り率」は2倍以上違うが、一体どちらが衣料品流通の実態に近いのだろうか。実はもっと信頼性に足る調査結果がある。2018年5月と2019年5月に当社がクライアントにアンケート調査して電話でヒアリング確認したもので、2018年5月は26社、2019年5月は28社の回答を得て集計した(回答率はどちらも7割近い)。上場企業を含む大手〜中堅クラスのアパレルチェーンやアパレルメーカーで、問屋や商社は含まない。

 2018年5月の調査結果は、アパレルチェーンの期末最終残品率は最小1%から最大13%で平均は7.5%、アパレルメ―カーの期末最終残品率は最小6%から最大20%で平均は11.3%。2019年5月の調査結果は、アパレルチェーンの期末最終残品率は最小1%から最大30%で平均は8.8%、アパレルメーカーの期末最終残品率は最小2%から最大30%で平均は12.1%だった。

 仕入れ品も含むセレクトショップやファストファッションの最終残品率は低く、オリジナル開発のSPAやブランドメーカーは高く、カジュアルよりクロージング、とりわけ紳士服の残品率は突出して高かった。他にも似たような調査を何度かしているが、同様な範囲に収まっているから、この2回の調査値はアパレル流通の実態に近いとみてよいだろう。

衣料品の「売れ残り率」の実態は、「川下から川中まで各段階の累積計で30%前後」と思われる(写真:小島ファッションマーケッティング)

 ついでながら、「残品を含むロス率」(100%-歩留まり率[仕入れ売価に対する売上売価の比率])は2018年5月の調査ではアパレルチェーン平均23.1%、アパレルメーカー平均30.7%、2019年5月の調査ではアパレルチェーン平均22.0%、アパレルメーカー平均30.9%だった。値引きロスが嵩んでも売り切って持ち越しを抑制するか、持ち越しが嵩んでも値引きロスを抑制するか、という政策次第で最終残品率は動くから、「残品を含むロス率」(または歩留まり率)でとらえるべきだろう。

 業界総体の「売れ残り率」は川下から川中各段階の「売れ残り率」を累積する必要があるが、各段階の企業を平均した「売れ残り率」が29.6%では、サプライチェーン総体の「売れ残り率」はとんでもない比率になってしまう。リスクを張って仕込むアパレルメーカーや企画問屋はともかく、OEMサプライヤーや商社は受注生産の手数料商売のはずで(ODMとなると企画提案の付加価値が乗る)、真っ当なら売れ残り在庫を抱えるはずはないが、売り先との力関係で分納や未引き取り、翌期持ち越しなどが発生しても2ケタに乗るとは考えられない。前述した当社の調査データから見ても、川下から川中まで各段階の平均で29.6%という売れ残り率はあり得ない数字なのだ。

 当社の調査データや業界で聞き及ぶ数字を総合すると、市況の好不調にもよるが「川下から川中まで各段階の累積計で30%前後」というのが衣料品「売れ残り率」の実態と思われる。

供給と消費のマクロデータから読み取れること

 「令和6年度(2024年)循環型ファッションの推進方策に関する調査」と前後して繊維輸入組合が発表した「日本のアパレル市場と輸入品概況2025年版」と家計調査のアパレル消費支出を対照し、過去に遡って推移を検証すると我が国の衣料品流通の不可逆的変質が有り体に見て取れる。

 繊維輸入組合の「日本のアパレル市場と輸入品概況2025年版」には「付属品」が含まれるので除外して計算すると、24年の輸入数量は33億5290万点と前年から0.5%減少し、コロナ前19年からは11.0%減少した。国内生産数量も6001万点と前年から6.6%減少し、輸出数量990万点を差し引いた国内供給数量は5011万点と8.6%減少、19年からは4分の1足らずに激減してしまった。結果、輸入浸透率は98.5%と0.1ポイント上昇し、衣料品の国産比率は1.5%まで落ちた。合計国内供給数量は34億301万点と23年から0.65%減少し、コロナ前19年からは14.6%減少した。

 その一方で国内の小売市場規模は矢野経済研究所の集計によれば8兆5904億円と23年から2.8%拡大し、19年の93.6%まで回復したと推計される。とは言っても、この間に衣料品の消費者物価は9.5%上昇しているから数量ベースでは85.5%までしか回復していない。14.6%減少した供給数量とほぼ見合っているから、コロナを経ても衣料品の需給バランスは全く動かなかった。その一方、輸入単価と卸単価、小売単価の推移を見れば、衣料品業界はコスト上昇を小売価格に転嫁できなかったことが分かる。

※矢野経済研究所の2023年推計額×商業動態統計「織物・衣服・身の回り品小売業」の2024年売上前年比102.8%。

19年から24年にかけて対ドル為替は大きく円安に振れたが、衣料品の輸入単価、繊維製品の卸価格は限定的となっている(写真:小島ファッションマーケッティング)

 19年から24年で対ドル為替は38.1%も円安に振れたが、衣料品の輸入単価は26.9%、繊維製品の卸価格(企業物価)は16.1%しか上昇しなかった。衣料品の消費者物価も9.5%、衣料品の小売単価(推計小売市場規模÷供給数量)も9.6%しか上昇しなかった(両者はほぼ一致するはず)。輸入コスト上昇分の卸価格転嫁率は91.5%、卸価格上昇分の小売価格転嫁率は94.4%と計算できるから、その差は衣料品業界が吸収したことになる。

 家計調査のアパレル(洋服+シャツ・セーター)の平均支出単価に対する平均供給単価(推計小売市場規模÷供給数量)の比率の推移を見ると、業界の差益が圧迫されていったことが如実に分かる。20年は53.6%だったのが年々上昇して24年は64.2%と、4年で10.6ポイントも上昇しているから、その分、アパレル業界の差益が減少したか売れ残りが増えたと推計される。平均支出単価に対する輸入単価の比率も、100円割れの円高だった11年に13.8%だったのが円安と共に16〜18%と上昇し、22年以降は23%前後まで上昇しているから、OEMサプライヤーや専門商社の利益が細っていったのは容易に想像できる。

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記事執筆者

小島健輔 / 小島ファッションマーケッティング 代表

小島ファッションマーケティング代表取締役。洋装店やブティック、衣料スーパーを経営する父母の下で幼少期からアパレルとチェーンストアの世界に馴染み、日米業界の栄枯盛衰を見てきた流通ストラテジスト。マーケティングとマーチャンダイジング、VMDと店舗運営からロジスティクスとOMOまでアパレル流通に精通したアーキテクトである一方、これまで数百の商業施設を検証し、駅ビルやSCの開発やリニューアルにも深く関わってきた。

2019年までアパレルチェーンの経営研究会SPACを主宰して百余社のアパレル企業に関与し、現在も各社の店舗と本部を行き来してコンサルティングに注力している。

著書は『見えるマーチャンダイジング』や『ユニクロ症候群』から近著の『アパレルの終焉と再生』まで十余冊。

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