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「SPAだから強い」が途方もない誤解である理由と強さを決める「製販の柔軟性」とは

今回はSPAについてあらためて考えてみたい。「SPAだから強い」と説明する人は何人もいるが、では、なぜSPAだと強いのか、そのメカニズムをキチンと説明できた人を私は見たことがない。結局、「自社工場をもっているからSPAだ」→「SPAだから競争勝ちする」という極めて単純なロジックで考える人が多く、この理屈のまま買収を決めてしまうファンドや企業が後を絶たない。また、今後の成長戦略をたてるうえでSPAを前提とした計画をたて、理由もなく製造設備を持ってしまうアパレルも枚挙にいとまがない。

でも、よく考えていただきたい。服を買うのは一般消費者で、彼ら、彼女らにとって新しい価値が生まれない改革は、何をやっても何も変わらない。ここに、私はSPAを再検証する意味を見いだすのである。ということで今回は、改めてSPAとは何かに迫ってみたいと思う。

ZARAはSPAだから強い、わけではない(tupungato/istock)

製造と販売を併せ持つ=強い とはならない理由

 SPAは「製造小売業」と一般に翻訳され、製造と小売、言い換えれば「生産」と「販売」を一つの会社が機能として持っていればSPAだと解釈されている。

 しかし、本連載で何度も指摘してきたように、SPAの元々の英語は“Speciality store retailer of Private label Apparel”で「自主ブランドを持つアパレル専門店」が正しい意味である。自主ブランドを持つアパレル専門店はめずらしくはなく、それ自体がとりわけ競争優位性を持つものではないのである。

 だから「SPAが製造小売業である」「SPAだから強い」という解釈がいかに誤訳で無意味であることはおわかりになるだろう。それでも「SPA神話」は消えるどころか、私達の意識の深い底に沈殿しすでに「常識」として定着しており、私は非常に危険だと思っている。

 すでにSPAの定義論は過去幾度もしたので、モデルとしてのSPA、とSPAのメカニズムについて論じてみたい。SPAとは「製品のレシピをアパレルが持っている」「自分の店で自由に売れる」ということが特徴だ。製造機能と販売機能があることではない。

 例えば、自社工場をもっていても、他のアパレル向けにも製品をつくっているイタリアのファクトリーメーカーのようなブランドはSPAではない。また、製造機能をもっておらず、百貨店に納めているような形態は「疑似SPA」と自らいうアパレルもいるが、販売員まで自社社員ではないため、「自由に」陳列することもできず、これもSPAとはいえない。

 ではモデルとしてのSPAの本質は何だろうか?

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SPAは「従属変数」で中身をコロコロ変えられるのが強み!

 前々回、オンワードによる三菱商事ファッション買収の背景を解説した時に、製造機能と販売機能では、KPIが逆になるという話をした。製造機能は、同じ商品を流れ作業で大量につくるのがもっとも効率が良くスループットが高い。これに対して、販売機能は欲しいときに「数十枚追加」のように、ビジネススケールの単位にならないような量の追加オーダーがどんどん飛んでくる。

 このように静的な製造機能と動的な販売機能は、一見すると決して交わることがない。

 この課題を解消するのが「SPA」だ。製造機能ドリブン(製造機能を優先にバリューチェーンが同期化する)で、販売機能が従属する場合、このSPA企業はメーカーのようになる。逆に販売機能ドリブン(販売機能に製造機能が従属して、バリューチェーンが同期化する)の場合は、このSPA企業は「小売企業」に近い動きになる。

 つまり、従属変数部分が、製造業になったり、小売業になったりして、その時もっともふさわしい形態を取ることができる。これこそ、SPAがSPAたるゆえんなのである。

 「ニトリはSPAだから強い」などというのは、アパレルとはなんの関係もない業界で自分でつくっているだけで強いと言っているわけで、「風が吹いたら桶屋が儲かる」にちかい暴論である。ニトリのSPAはどういう特徴があるから、競争に勝てるのかまで深く掘り下げないとまったく意味がないのである。

 ビジネスは競争で、その競争の勝敗を決めるのは、消費者だ。消費者にとって提供価値が高ければ競争に勝てるし、低ければ競争に負ける。そういうシンプルなものなのである。

 SPAは、HEATTECHのような定番品を作る場合はメーカー機能に徹し、国民服にまで拡大したら、あたかも生鮮食品のようにVMI (ヴェンダーマネジメントインベントリー:ベンダーが、在庫水準点をきったら自動発注をする機能)にまで自動化される。ここまでくれば製品が「無競争状態」となり、「市場に出せば売れる」ことがある程度分かっているという状態になる。

 逆にシーインのように、一日に3000アイテムも新商品を出すような超高回転型のアパレルは、製造機能はほとんど機能せず、小売機能に製造機能が従属している。例えば、間に合わないほどの超短納期を単位にならない極小ロットでカバーする場合は、中国の工場に“落ちている”残品を使う。一方、2週間程度のリードタイムなら待てる場合は、小さい工場に小売機能が従属するわけだ。自由に小売業、製造業と状況に応じて自社を変化させることができれば、上記のKPIの背反性(自己矛盾)の問題は解決する。

 これが、できるかできないかがSPAとして強いか強くないかに深く関係しているわけだ。つまり状況に応じた柔軟性こそがSPAの強さの秘密なのである。

 今日は、SPAの誤訳から離れ、本当のメカニズムとリアルなビジネスの現場で発生するトレードオフの世界で、SPAはどのように競争優位を打ち立てるのかという点を解説した。

 

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プロフィール

株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はスタートアップ企業のIPO支援、DX戦略などアパレル産業以外に業務は拡大。会社のヴィジョンは小さな総合病院

著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

筆者へのコンタクト
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