11月13日にファーストリテイリングの「LifeWear=新しい産業」説明会が開催された。事業成長とサステナビリティが完全に連動したビジネスモデルへの転換を目指す同社のいまを届ける説明会第4弾である。今回は、有明プロジェクトの観点から、サステナビリティと事業成長を連動させていて、今後どう進むのかについて説明している。
今回はこの説明会の内容を踏まえ、私の所見を加えた上でファーストリテイリングのサステナビリティと事業成長がどう連動しているのかについて論じてみたい。文責はもちろん100%私にあるが、文中でいくつか「類推」や「仮定」の元に書いた部分があるため、そこはわかりやすいように明記してある。
無駄なものを作らない、運ばない、売らない
説明会で最初に壇上にあがったのは、取締役グループ上席執行役員の柳井康治氏である。柳井氏のスピーチをかいつまんで解説する。
01年に社会貢献室発足で始まったファーストリテイリングのサステナビリティ活動は、04年に取引先工場の労働環境モニタリングを開始、07年には環境方針を策定、17年に主要縫製工場リストを公開、23年には古着販売のトライアルを開始という具合に、年々その活動の幅を広げ、事業との連動性も高まっている。
温室効果ガス(GHG)排出量のコントロールについては、自社領域(店舗やオフィスから出るGHG)では、23年8月期に対19年8月期比で69.4%もの削減に成功しており、30年8月期までにGHG排出量を19年8月期比で90%削減するという野心的な目標に対して、「オントラック」(スケジュール通り)で進んでいると説明した。
もっともGHG排出のコントロールが難しいと思われるパートナー先の海外生産工場については、3ヶ月ごとに対話し、工場、地域、国別の課題解決を進め、原材料に占めるリサイクル素材などの使用割合は、23 年の8.5%から24年には商品全体で18.2%へと大きく向上させた。
また、アングルを変えた話となるが、女性と外国人の管理職の割合は、なんと全社で約50%に届いているという。
最後に柳井氏は、本日のテーマである「無駄なものを 作らない、運ばない、売らない」ことで環境負荷の低減を実現するキーワードでスピーチを締めくくった。
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「有明プロジェクト」の意外な成果と野心
この発表を受けて、登壇したのが、ファーストリテイリンググループ執行役員・田中大氏で、「有明プロジェクト」に焦点をあて同社の事業成長とサステナビリティの連動の成果を説明した。
さてこの「有明プロジェクト」。17年8月期に始動し当初は話題を集めたものの、その後はあまり表面に出てこず、忘れてしまった人も大勢いるかもしれない。私の理解によれば、この「有明プロジェクト」とは、企画・生産・販売の3つの機能を一つの建物に設置し、組織間の壁やコミュニケーションの悪さを解消し、消費者が必要とするものを無駄なくつくり無駄なく届ける、というものだと思っていた。
他にも付随的な目的はたくさんあろうが、一般的にアパレルのサプライチェーンはプロトコルが統一されておらず、「言った、言わない」が繰り返され、ミス、ロス、やり直しが頻繁に発生する。物理的な距離とコミュニケーションロスが正の相関性をもっていることは現場の人間なら誰でも分かるだろう。これが解消された某社に勤める私の友人たちも「初めてお客様の顔が見えてきた」「自分の仕事が他部署でどうなっているのか理解できた」と前向きな発言を多くしていた。
この有明プロジェクトは、皮肉にもこのプロジェクト全体がコミュニケーションロスに覆われ、苦労もつきなかったという話をかつて関係者から聞いた。しかし、プロジェクトとはそういうものだし、きっと難関を乗り切って、無駄なものを「作らない」「運ばない」「売らない」を実現していくだろう。
ただプレゼンテーションについて希望を言わせてもらえば、やや抽象度が高く感じられたので「具体的に何をするのか」「(それは」どういうメカニズムで問題解決するのか)という部分を掘り下げて説明していただけていたらより理解が進むと感じた。あるいはその核心をあえて明かさなかったのかもしれない。
その中で、私が注目したキーワードが2つある。「お客様起点」と「生産リードタイム」である。
企画、生産、販売の人員が一つのサイトに集合し、お客から収集された声をデータベース化・見える化し、素早い追加生産、確度の高い初期投入などに生かすという意味だろう。これはモデルとしては、ターンアラウンド・スペシャリストである三枝匡氏の「創って・作って・売るを顧客起点で高速回転で回す」という再生手法に酷似しているが、一つ大きな違いがある。
三枝氏は、その著書で幾度も「スモール・イズ・ビューティフル」と書き、「小さな組織」を推奨していた。だが「有明プロジェクト」は大規模な人員が関わる大プロジェクトである。このような大規模組織でも、果たして「顧客起点の高速回転」が機能するのかは、私はやや疑問である。また、「生産リードタイムを短くする」ということだが、「どうやってやるのか」については説明がなく、もう少し深堀りした説明をしてもらえると嬉しかった。
「グローバル定番商品が50品以上」となったすごい意味
さてファーストリテイリングは、サービス面では、グローバルベースでローカルごとにローカルにあわせて展開しているという。一方で商品については、世界中どこに行っても同じ「グローバル定番商品」の開発を進め、これが50品番以上になったという。これは有明プロジェクトが始まった17年8月期と比べると3倍以上に増えたことになる。
これはすごいことである。日本では、ユニクロの数千分の一の売上しかないアパレルの定番商品が300を超えるなど当たり前だからである。こういうKPIをみると、同社の「有明プロジェクト」にかける思いと進捗が伝わってくる。
「お客様の声を起点に商品化する」というのは、言うのは簡単だが実行するのは難しい。しかしファーストリテイリングは、米国の顧客の声からブラトップのアウター版、チクチクしないスフレヤーンニットなどを作り上げ店頭に並べた。このスピード感は驚異的である。
最後は、同じくグループ執行役員の新田幸弘氏のプレゼンテーションだ。
新田氏からは、持続可能な原材料調達とトレーサビリティに関する取り組みが発表された。課題としては「環境負荷の低い素材は具体的に何なのかについて、グローバルでも統一された基準がまだない」点をあげた。そのため、元の素材と比べて温室効果ガス削減量が確認されているリサイクルポリエステルなどの一部原料に限られているのだという。私が数年前から指摘しているように、グローバルでのビジネスプロトコルが統一されていないことが原因であろう。
そうしたなかで同社は独自にサステナブル素材を定義、「ユニクロ基準」というものをつくり「選択肢」を広げ、サステナブルな調達を推進していく考えだ。誠実で実直な同社である。きっと、Higg index含めたどの基準も「ユニクロ基準」の高さには叶わないだろう。
私のアイデアは、「コード統一委員会」のようなものをユニクロが先頭に立って、環境庁を巻き込んで立ち上げることだ。これを第三者機関として、「アジアのデファクトスタンダード」を獲得してはどうだろうか。中国、韓国、台湾、東南アジア、ミャンマー、バングラデッシュなど繊維産業国はほとんど日本を取り囲んでおり、ユニクロとも商売がある。自社都合を優先する川下の連中(小売)と話をいくらやっていても前に進まないので、こうしたアジアの工場とグローバル統一プロトコルをつくるのだ。
繊維製品の80%がアジアでつくられ、30%が余剰在庫で破棄される。日本はファーストリテイリングとそれ以外のアパレルではあまりに差が付きすぎているため、別組織にしてしまうのだ。こうすることで、それ以外のアパレルも追随せざるを得なくなると私は考えている。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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