今年も春夏のセールが始まっているが、ここ最近のセールは以前とは様相が変わっていることに戸惑っている消費者も少なくないだろう。値下げ率が低い、あるいはセール対象商品がかなり絞り込まれているからだ。今回はその要因について説明するとともに、ユニクロが毎週末のように商品限定で小幅の値下げセールをするやり方、普通のアパレルがシーズン末に大セールをするやり方では、企業にとってどちらが得なのか、さらにはその先にどんな価格戦略があり得るかを考えてみたい。
好調アパレルはプロパー消化率驚異の80%!
史上まれにみる円安の急進で、アパレル産業は「プロパー上代価格」(値下げをせずに商品を販売する際の正規価格)を上げざるを得なくなり、ユニクロが先陣をきって上代の価格を上げはじめ、その他のアパレルも「安易な値下げ」をやめ、昨年の秋冬を乗り越えたようだ。
おもしろい状況だったのは、これまで「値段を上げたら客が来なくなる」と信じられてきたのだが、現実にはどのアパレルも業績好調な点だ。結局、いままで身を削って値下げをしてきたのはなんだったのか、ということだ。
そもそも「上代」は、その企業がもっている「(平均)正規価格消化率」で決まる。仮に、Aという企業の「正規価格消化率」が50%だとすると、50%が正規価格で販売され、50%がディスカウントで販売されることを意味する。好調なアパレルに話を聞くと正規価格消化率が80%近辺にきているようだ。
日本全体の平均正規価格消化率が30~40%であることを考えると、80%は恐るべき数字だ。だが、これとて、いままではコストダウンをやりつくし、もうこれ以上できなくなったから「値下げを辞めた結果」であることを考えてほしい。
話を正規価格に戻すと、日本では、春夏商品は3、4月から店頭に現れ、6、7月からセールが始まり、秋冬商品は8、9月ごろから店頭に現れ、10、11月にはセールがスタートするわけだ。
これは、春夏の商品、秋冬の商品を消費者が実際に必要としている時にディスカウントするように見え、消費者にとっては「とてもお買い得」ということになるのだが、問題は、日本中のアパレルが「一斉に同じ時期にセールを行う」ことにある。また、正規販売時期(プロパー販売)といっても、「ポイントダブルキャンペーン」「クーポン」など値引きはしないものの、お買い得なプロモーションを行っているから、結局は年中実質値引きを行っているようなものだ(ポイントは販管費からコストとして落ちるので、売上にも正規価格消化率にも影響を与えない)。
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売れる時に少しの値下げで売るか
売れないときに大幅値下げで売るか
私は寿司屋で「今日のおすすめを適当に握ってください」と頼んだとき、どのような考えで「お勧め」を選ぶのかをいつも気になっている。
考え方は2つある。
お客さまに美味しいものを食べてもらいたいとき
=在庫は関係なく、旬のネタ、美味しいネタを提供する
過剰に仕入れた在庫をさばきたいとき
=おいしさより、仕入れすぎたネタをおいしく調理して提供する
おそらく、答えはこの「ミックス」だろうが、このように書くと「ああ、後者の考え方も確かにあるな」と納得のいく人もいるはずだ。
特に寿司はお客がPassive (受け身)になりがちなので、後者を「おすすめ」としてだされても、誰も余剰在庫のことなど気にしない。寿司屋からしてみれば、在庫は生ものだから、できるだけ速く消化したいというのは、アパレルと同じメカニズムが働いている。
寿司屋といえば、もうひとつ気になるのが価格だろう。「えいっ」とお任せで食べて、さあお会計というときに、寿司屋の大将が「ふんふん」と計算する真似をして、「一人2万円です」という事態に出くわした経験がある人は私だけではないはずだ。計算する真似といったが、あれだけいろいろ食べて、それを伝票につけもせず頭で計算などできるはずがない。
「寿司屋がお客の顔をみて値段を決める」という都市伝説も、あながち嘘ではないだろう(もちろん、明朗会計の寿司屋はたくさんある)。
アパレル業界の横並び意識からか、6月から春夏物、10月から秋冬物のセールが一斉に始まるのも昔からの悪癖で、上記通り、通常でもポイントやクーポンを投げているのだから、一年中消費者は「お得なお買い物」を探していると思われる。ならば、6月と10月という時期とセールの関係を壊してみてはどうだろう。例えばユニクロは、「誕生感謝祭」や「年末祭」などのセールもしているが、店頭販売が主軸の同社では週末などを起点に期間限定で特定商品の価格を下げている。
しかし、ここで注目したいのは、ユニクロのディスカウントは、他のアパレルのように30~40%の割引ではなく、多くは10~20%程度の割引であるということだ。つまり、①ユニクロは少しの割引を毎週末に行い、消費者を店に誘引する一方、②他のアパレルは大きな割引を6月~と10月~の2回行うということである。これを、前述のお寿司屋さんの例でいうと、以下の通りとなる。
①売れるときに売れる商品の価格を下げる(ユニクロ)
②売れないときに売れない商品の価格を下げる(他のアパレル)
ユニクロの場合、毎週末には「ちょっとしたディスカウント」により、常に消費者の購買意欲を高めて売上を作っている反面、その他の多くのアパレルはシーズン終了時までに時間がないため、大きな割引をすることになるわけだ。
ダイナミック・プライシングが課題を解決する
「ダイナミック・プライシング」という言葉が流行りだした。「ダイナミック」は「動態的」という意味で、「ダイナミック・プライシング」は需給の状況に合わせて価格を上げたり、下げたり自由に動かすことだ。航空券のチケットやホテルの宿泊料ではそれが当たり前になっている。
価格変動に際する「インプット情報」は、「在庫過多」「販売シーズンが短い商品」「販売初速が計画から大きく劣後する」などで、いろいろなパラメータで販売当初から値段を変動させてゆく。まさに、「動く価格」である。
私は消費者として、セール時期の30%~40%の大幅なセール値下げがなくなるのは寂しいが、ダイナミック・プライシングの導入により、アパレルのセール問題を解決すべきだと思っている。
ダイナミック・プライシングと聞いて、「余った商品をセール時期に最適な値付けをする際に使いたい」と考える人が多いだろうが、そうではない。売れる時期に売れる商品を正規価格で売るために、少しのお買い得感を消費者に感じてもらうために、ダイナミック・プライシングを導入してはどうだろうか。そうすれば消費者に明朗会計をアピールでき、消費者との絆が強まると思う。
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プロフィール
株式会社FRI & Company ltd..代表 Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。
著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「
筆者へのコンタクト
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