4種のアプリを駆使し、ナイキが顧客との”ディープな関係”を極める理由

伴 大二郎 (株式会社ヤプリ エグゼクティブ・スペシャリスト/株式会社顧客時間 プロジェクトマネージャー/db-lab代表)
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購買体験を根本から変えた「Nikeアプリ」の凄み

店頭でもアプリの存在とメリットを強く訴求している
店頭でもアプリの存在とメリットを強く訴求している(筆者撮影)

 そしてオムニチャネルでの購買体験を変えたのが「Nike App(ナイキアプリ)」であり、旗艦店舗「House of Innovation」を中心とした直営店である。この2つによってどのように購買体験が変わったのかを一言で言い表すのは難しい。なぜならば、そこで得られる体験はその時々のニーズによって多種多様に変化するからだ。

 例えば「新しくスポーツを始めるので一式選んで欲しい」といった場合は、「エキスパート・セッションズ(Expert Sessions)」というサービスをアプリから予約すれば、店舗スタッフから一定時間枠でコンサルテーションを受けることができる。「ECで購入した商品を好きな時間に受け取りたい」というときには店頭に置かれた専用のピックアップロッカーを解錠するだけ。レジに並ぶのが煩わしい時にはアプリを使ったセルフ決済サービスを利用することもできる。このように、その時々の状況に合わせた買い方がアプリを介して選択できるのである。

 しかしそれ以上に、筆者がNike アプリにおいて最も素晴らしい点だと感じているのが、店頭での購買体験だ。売場で気になるシューズを見つけたら、商品に付いているQRコードをアプリで読み込むことで店頭在庫をすぐに確認できる。試し履きしたい場合もアプリを介して店舗スタッフに依頼でき、決済も前述のとおりアプリで完了できる。

 在庫があるかを店員に尋ね、時間をかけて調べてもらった結果在庫がなかった際のガッカリ感は非常に大きい。ほかの商品を探す気すら薄れてしまう、といった体験をお持ちの方も多いのではないだろうか。店員にとっても、サイズごとの在庫状況を聞かれたり、その都度探しまわったりすることは時間の無駄であることは明らかだ。

 顧客にとっても店員にとっても”悪しき体験”はデジタルツールで代行し、店員はそのぶんの時間を接客に時間を割けるのだ。購買体験のすべてをデジタル化することはできない。例えば、試着した顧客に対して「サイズはちょうどいいですね」「お似合いですね」といった何気ない会話は、よりよい購買体験につながるものである。

常に「ナイキの商品が欲しい」という状態をつくり出す

 このようにナイキはアプリを軸としたD2C戦略により、顧客と深くつながり、買物の仕方を一変させてきた。強固なつながりを持った顧客は「靴が欲しい」のではなく、「ナイキの靴が欲しい」のであり、日頃の生活や運動の場面でもナイキという存在が欠かせなくなるのだ。

 こうした話をすると、「ナイキにはそもそも大きなブランド力があるから、顧客と深くつながれるのではないか」というご指摘をいただくことも多い。しかしナイキは自身のブランド力を、「競合ブランドと比較されたうえ」ではなく、最初から顧客と直接つながることで「競合と比較すらさせない」レベルまで持っていったということをご理解いただきたい。ブランディングはマスに対してだけ行うものではない。顧客と深くつながることでブランド力を高めるという、D2Cのお手本のような手法で、ナイキは成長を続けているのだ。

 顧客とつながり直にブランディングを展開することで、常に「ナイキの商品が欲しい」という状態をつくり出す――。この戦略は、D2CやOMO(オンラインとオフラインの融合)といった枠組みにとどまらず、全社を挙げたCRM(顧客関係管理)戦略という要素も強いと言えるのかもしれない。

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記事執筆者

伴 大二郎 / 株式会社ヤプリ エグゼクティブ・スペシャリスト/株式会社顧客時間 プロジェクトマネージャー/db-lab代表
小売業界においてCRMの重要性に着目。一貫してデータ活用の戦略立案やサービス開発に従事した後、2011年にオプト入社。マーケティングコンサルタントを経て、 15年よりマーケティング事業部部長として事業拡大に向けた組織作りに着手。マーケティングマネジメント部やOMO関連部門等々を立ち上げ統括しながら組織を拡大。海外のイベントや企業訪問など、小売、リテールの情報を収集し社内外への発信活動を行う。21年にdb-labを設立し株式会社顧客時間にプロジェクトマネージャーとして参画。同年6月より、株式会社ヤプリのエグゼクティブスペシャリストに就任。

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