流通秀書 第6回『商人の心の書』
「流通秀書」とは、1993年4月1日号から1997年9月15日号まで、ダイヤモンド・チェーンストア誌の前身である「チェーンストアエイジ」誌で連載された企画である。吉田貞雄氏(故人)による連載は当時、多くの読者に愛された人気連載であった。流通革命前夜、もしくは真っ只中に書かれたこれらの秀書を読み解いた記録から、業界が進んだ道と変わらぬ課題を学び直します。(本文の肩書、年度などは連載当時のまま)」

倉本長治著
店はお客のためにある
チェーンストアの出現を予言
店は、だれのために存在するのだろうか。
あなたのためにか。それとも上司のためか。あるいは社長のためか。
いずれも、それは店の“存在の証明”になりはしない。その答えは、いまもなおチェーンストアの10店に1店の割合で店長室に掲げられた一幅(ぷく)の揮毫(きごう)――『店は客のためにある長治』にある。
倉本長治――この人の名を知る人は、いまは少ない。
倉本長治は1899年12月生まれ。1918年、山下私塾を卒業するや、雑誌『ビネス』を刊行。3号で廃刊に追い込まれ、志半ばにして東京商工会議所(現・商工会議所)で編集事務をとっていた。そのかたわら、彼は当時のビジネス誌『実業之日本』にセルフサービスについての論文「自己奉仕店」(いまならセルフサービスストア)を発表、さらに未来商業について『商店界』に投稿した。1924年、倉本は同誌の編集長となって、日本の商業界に無数の宣伝商戦が彼の手によって公開されることになる。倉本長治――25歳。
それから10年のち、1930年(昭和5年)、彼は『百貨店百景』(誠文堂)のなかで、すでにチェーンストアの出現を予言、大恐慌のさなか百貨店がディスカウンターに変身する様を活写している。「クレープシャツ二枚タッタ金三十銭という驚くべき安価は、決して夜店の正札ではない。まさに日本一の大百貨店三越の、しかも銀座のまっただ中の新支店が――<中略>
それに、上野の松坂屋は地下鉄に連絡しているが、その地下鉄が、上野駅に百貨店のような家賃不要の商店をそろえて、そこを根城に目下さかんに廉売をやっている」
1941年(昭和16年)、倉本は太平洋戦争の直前の小売業の姿を、次のように記している。三越の店内取材の一節で、「売場をひとわたり見て回った。何と寂(せき)々たる光景であろう。菓子売場の如きものは全く一品の菓子もないという有様だった。その他の売場においてもガラス張りのケースの内(うち)には、転々としてネクタイとか靴下とかがおいてある。かつては目白押しにした服飾品売場の面影はもはやどこにも見られないのである」(『商店の死活問題』より)。
商人哲学を導く
そして、戦後。1948年、雑誌『商業界』の1巻1号が創刊された。が、この創刊号には倉本は参画していない。彼が主幹となるのは1950年11月のことである。それから30年間、いや大正・昭和前期を含めると60年間、商人の栄枯盛衰を目と耳と足で綴ってきた――その集大成が「商人の心の書』(全6巻)である。
バイブルにも論語にも、店の経営は書いていない。だが、この心の書は、商人には、それらの言葉こそ〈商人に哲学を〉与える基礎だと説く〈考える商人〉の指南書なのである。たとえば「百人の同業よりも百の消費者のために役立つことのほうが“善”である」「店とは、大衆に生活を幸福にするために必要なモノを売る神聖な場のことだ。だから常にきれいで、楽しく、うれしさに満ち満ちていなくてはならぬ。嘘や不信があってはいけない。そこにあるものは、愛と真実でいっぱいであるのは本当である」
と、古典と実際の取材から到達した「商人哲学」を披瀝している。彼は「商人として物を考えるなら常に、
(1)自分のやっていることが、仕入れも販売も真実に徹しているかどうか。
(2)世の中の人々に公平であり、親切であり、友愛を深めるかどうか。
(3)お客にも自分にも販売員にも、それは有利であるかどうか――」
――の3点が合理的に具体化してこそ、立派な商売が成り立ち、美しい商人が生まれると強調した。そして「店はお客のためにある」と60年にわたって商人道を求道し、伝導していた倉本は、1982年1月29日に没した。
倉本亡きあと、果たして「店はお客のためにあったのか」――効率を追求して、効果を問わず、お客を忘れた哀しい商人に成り下がっていたのでは、なかったのか。システムの追求は、半面〈心〉を蝕(むしば)む。そして情緒なき店舗を量産する素となる。倉本長治は、そう言っているような気がしてならない
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