書籍のブームから20年……日本生協連に移籍した「生協の白石さん」の今
5年後に定年
今できることに尽力
休日は大阪・通天閣や神戸・有馬温泉などを訪れ、関西暮らしを楽しんでいた白石さん。しかし、家族を東京に残しての単身赴任だったこともあり、いずれは関東に戻りたいという希望があった。関西支所で2年余り働いたのち、渉外広報本部に異動し、再び東京での生活をスタートした。
広報としての仕事は紙媒体やコーポレートサイトでの発信、社外向けニュースリリースの発信、マスメディアの取材対応や記者会見準備など多岐にわたる。
白石さんの現在の担当業務も、イベントや取材対応、事業や商品の情報発信など幅広い。考えが改まったのは、SNS(日本生協連公式Xアカウント)を使った情報発信だったという。大学生協時代もXの運用には関わっていたが、文面は1人で考えることが多かった。一方で、日本生協連では広報チーム全体で発信構想や、投稿の文案を検討している。
「尖っていたり、ハレーションが起こりそうな内容に関してはチームで点検を行っている。フォロワーさんにも温かいコメントを返してくださる方が多く、この温度感を保っていければと思っている」
24年6月には55歳となる白石さん。見た目は『生協の白石さん』の発刊当時と変わらず若々しいが、5年後には定年退職を迎える。
残された社会人人生でやりたいことはあるかを尋ねると、「先のことを考えるよりも、今できることを最大限やり遂げたいという思いの方が大きい。自分の力で組織にとって役に立つことができるならば、そこに尽力したい」と、朗らかな答えが返ってきた。
23年4月には『帰ってきた生協の白石さん』(講談社)という書籍も発売され、『生協の白石さん』発売当時の大学生(現40代)、令和時代の大学生から寄せられた質問に対し、当時と変わらないユーモアに富んだやり取りが展開されている。所属や立場が変わっても、「日本生協連の白石さん」の中を支えるのはやはり「生協の白石さん」なのだった。