メニュー

「デジタル化と小売業の未来」#7 「広告メディア」としてのウォルマートの戦略

ECの利用率が高まるなか、体験型店舗やECの配送拠点として、リアル店舗の新たな存在価値に注目が集まっています。そんな変革の時代、小売世界最大手ウォルマート(Walmart)はどのような取り組みをしているのでしょうか。EC化率の上昇に伴い、業績を伸ばしているアマゾン(Amazon.com)に苦戦していたウォルマートですが、近年業績が回復傾向にあり、再び注目されています。同社が新たな収益の柱として注力しているのが「広告メディア事業」。今回は、ウォルマートの「広告メディア事業」の手法に迫り、リアル店舗活用の新たな可能性について紐解きます。

オムニチャネル化で顧客の支持を獲得

 ウォルマートは全米に4700店舗以上を展開する世界最大の小売企業です。デロイトトーマツコンサルティングが発表した調査レポート「世界の小売業ランキング2020」によると、2018年度の売上高ランキングは、前年に続きウォルマートが小売事業売上高約5144億ドルで1位。2位にコストコが続き、アマゾンは小売事業売上高約1402億ドルで3位となっています。また、同年度の成長率を見ると、ウォルマートが2.8%、Amazon18.2%となっています。

小売企業世界上位3企業の売上高と成長率(2018年度)

 ECを利用する人が増えるなか、アマゾンに苦戦を強いられてきたウォルマートですが、実店舗にとって不利なコロナ禍でも業績を伸ばしています。20年度の同社の業績は、営業収益が対前期比6.7%増の5591億ドル、営業利益が同9.6%増の225億ドルでした。EC事業も好調で、巣ごもり需要の高まりが追い風となり、米国内のEC売上高は同79%増加しました。

 ウォルマートは店舗数が多く、商品もしっかり確保しています。ECの急激な需要増にも対応可能な体制を構築しており、欠品もほとんどありません。

 また、注文した商品の受け取り方法も多様で、自宅への配送だけでなく、店舗の駐車場で商品を受け取り可能な「カーブサイド・ピックアップ」も展開しています。リアル店舗を持つウォルマートは、それをECの配送・受け取り拠点として活用することでオムニチャネルを実現し、多くの支持を集めています。

 

ウォルマート非出品企業でも広告出稿が可能

 リアル店舗・ECの双方で多くの購買行動データを集めるウォルマートが新しく取り組んでいるのが「広告メディア事業」です。利用者の多いウォルマートはECサイトにも多くのアクセスがあり、このトラフィックに対して広告を配信するビジネスが注目を集めています。

ウォルマートのECサイトには、商品を出品していなくても広告を出稿可能だ

 たとえば、ECサイトで「Coffee(コーヒー)」と検索すると、コーヒー関連の商品がレコメンドされることはもちろんですが、ウォルマートのECサイトの場合、出品していない、あるいは商品を卸していない企業であっても、広告出稿ができます。そのため、他社のコーヒーメーカーやエスプレッソマシンのメーカーが広告を出稿すれば、「コーヒー」と検索された場合に自社サイトに誘導してコンバージョンさせることも可能なのです。

 ウォルマートは、顧客の属性データや検索データも多く蓄積しています。それらのデータを活用することで、より精度の高いレコメンドを実現しているのです。

リアル店舗を購買行動データ収集の場として活用

 従来小売業は、薄利多売の商売と言われていました。しかし、小売事業を展開するなかで収集できる膨大な購買行動データを生かした広告ビジネスは、利益率が高く今後も伸びる可能性があります。

 実際、アマゾンや楽天グループ(東京都/三木谷浩史会長兼社長)も広告事業が利益に大きく貢献しています。そのほか、日本で利用者の多い大型量販店であれば、小売事業だけでなく広告ビジネスを成長させることもできるでしょう。

広告事業は、小売事業よりも利益率が高い

 消費者の購買行動データを多く保有できれば、それだけ精度の高いマーケティングも可能となります。自前で広告ビジネスを展開するには多額のコストもかかるというデメリットもありますが、アメリカでは広告ビジネスだけを専門で請け負うスタートアップも台頭しつつあります。

 ECが普及するにつれて、リアル店舗の価値は見直されつつあります。過去の連載では、体験型店舗やECの配送拠点としての活用などを紹介してきましたが、それに加え、広告事業を展開するうえで必要な消費者の購買行動データを収集する場としても、リアル店舗は重要な役割を担っているのです。

 

プロフィール

望月智之(もちづき・ともゆき)

1977年生まれ。株式会社いつも 取締役副社長。東証1 部の経営コンサルティング会社を経て、株式会社いつもを共同創業。同社はD2C・ECコンサルティング会社として、数多くのメーカー企業にデジタルマーケティング支援を提供している。自らはデジタル先進国である米国・中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集。デジタル消費トレンドの専門家として、消費財・ファッション・食品・化粧品のライフスタイル領域を中心に、デジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛ける。
ニッポン放送でナビゲーターをつとめる「望月智之 イノベーターズ・クロス」他、「J-WAVE」「東洋経済オンライン」等メディアへの出演・寄稿やセミナー登壇など多数。