中国のKFCがリリースした”シニア向けアプリ”が大好評の理由
中国では昨年、高齢者に対応したアプリ設計のガイドラインを制定し、各社はそれに沿った”高齢者向けアプリ”をリリースしている。そんななかで高く評価されているのが、中国のKFC(ケンタッキーフライドチキン)のアプリだ。
高齢者向けのポップアップ広告を禁止!
スマートフォンは、高齢者にとっても生活に欠かせないツールになりつつある。日本でも60代、70代、80代以上のスマホ普及率は、それぞれ70.0%、40.6%、12.1%と利用が進んでいる(総務省・令和3年通信利用動向調査)。中国でも60歳以上の普及率が44.0%に上り、拡大の一途をたどっている。
こうしたなか、中国政府の主要行政機関の1つである工信部は2021年4月に、「モバイルインターネットアプリ高齢者対応ユニバーサルデザイン規範」というガイドラインを発表した。内容は多岐にわたるが、大きな軸となっているのは「使用文字は18ポイント以上」「ポップアップ広告の禁止」の2点だ。とくにポップアップ広告は、短時間での流出を防ぐためにクローズボタンがわかりづらく配置されており、不慣れな高齢者は操作がそこで止まってしまうことがある。これを高齢者向けに配信することを「禁止」するという厳しい措置を講じたのである。
このガイドラインを受けて、各社は「高齢者版アプリ」を発表している。多くの場合、通常アプリ内の設定を変更することで、「高齢者版」に切り替えられるようになっている。文字やボタンが大きくなり、使いやすいと高齢ユーザーから歓迎されているようだ。
ヒアリングで明らかになった高齢者の消費行動の特徴
そんななか、中国国内で8000店舗以上を展開するケンタッキーフライドチキン(KFC)では、もう一歩踏み込んだ高齢者版を開発し、他社のITエンジニアやデザイナーから高く評価されている。
そもそも、前述のガイドラインに沿ったアプリ開発はさほど難しいものではない。機能は従来のままに、操作画面のデザインを修正すればいいだけだからだ。KFCも21年12月から開発を始め、1カ月後には修正版が完成。モバイルオーダーなどの機能がスムーズに利用できるかを確かめるため、実際の店舗とモニター利用者に使ってもらい、ヒアリングを行った。このヒアリングで、さまざまな問題が浮かび上がってきたという。高齢者の「消費行動」に合致したデザインになっていない、という問題だ。
ヒアリングでは具体的に、高齢者には次の3つのような消費行動上の特徴があるということが判明した。
①あるメニューを気に入ると、次回以降も同じメニューを注文するようになる。
②おすすめメニューを注文することが多い。アプリを使わない高齢者の場合、キャンペーンポスターや別のお客が食べているメニューを指差して「あれと同じもの」いう注文をする人がかなりの数存在する。
③割引クーポンに敏感。紙のクーポンをすべて保管しておき、それをレジで広げて、そのとき使えるクーポンを従業員に選んでもらうというケースが多い。
ところが、高齢者版アプリの評価版では、このような3つの消費行動を取ろうとすると、操作が複雑になり、うまく使いこなせない高齢者が出てきしてしまった。開発チームはこの問題を解消するため、高齢者版アプリを大幅改良した。
①と②に関しては、アプリ上でおすすめメニューを写真付きで表示するようにした。「+ボタン」をタップすると商品がアプリ上のカートの中に入り、「店内オーダー」「店外オーダー」の大きなボタンのどちらかをタップすることで、注文確認画面が現れて、注文ができるようにした。また、アプリを継続使用していくと、おすすめメニュー欄には「最近注文した商品」「最もよく注文した商品」のタグがついたメニューが表示されるようになる。同じものを食べたい高齢者にとっては、毎回メニューから探すことなく簡単に注文ができるようになるわけだ。
取得したクーポンは決済時に自動で適用 7日連続起動でコーヒー無料に!
③のクーポンに関しては、クーポンを取得するとアプリの中に保存され、決済時に自動的に適用されるようにした。自分でクーポンを適用させる操作をする必要はない。これにより、節約に敏感な高齢者はすべてのクーポンを取得するようになり、クーポン配布には広告効果もあるため、客単価の上昇が期待できる。
また、「高齢者は一度身につけた習慣は変えない人が多い」という事実も、改良のポイントとなった。たとえばアプリを開き、コーヒーのクーポンがもらえるコーナーでは、連続7日間アプリを起動するとコーヒーの無料クーポンがもらえる仕組みを取り入れた。これにより、高齢者はKFCに行かない日でもKFCアプリを開き、クーポンを取得してくれる。これがしばらく続くと、高齢者はKFCのアプリを開くことを日課にしてくれるようになる。
改良されたアプリは、22年4月に公開され、店舗や利用者から高評価を得ているという。KFCの改良の素晴らしい点は、前出のガイドラインが定める見やすさに留まることなく、現場を丁寧にヒアリングして、高齢者特有の消費行動を浮かび上がらせ、そのシナリオに沿った”使いやすさ”の追求にまで踏み込んだことだ。しかも、それが客単価や利用頻度を上昇させる施策にもなっている。
他方で、他社のデザイナーなどから高く評価されているのは、この高齢者版がユーザー体験に基づいたデザインになっている点だ。ユーザー体験とは、利用者が想定する消費行動シナリオにそった場合の使いやすさを指す。利用者が自分のやりたい操作を気持ちよくできるかどうかという視点のデザインだ。このデザインが優れているアプリというのは実はあまり多くない。途中で操作がわからなくなってしまうのは、往々にして利用者のリテラシー不足ではなく、アプリ側のデザインレベルが低いことが原因である。KFCの高齢者版アプリは、ユーザー体験を重視したデザインをすることで、利用者に喜ばれ、なおかつ売上に寄与できることを証明したのだ。