[イ坊(中国・山東省) 9日 ロイター] – 中国・山東省に拠点を置くほぼ無名の企業、藍創科技が立ち上げた高齢者向け介護・生活支援サービスは、1日当たりの料金がわずか1元(約15円)。この分野の民間企業の取り組みでは最も野心的なものの1つだ。
顧客にはテレビなどと一組みになったウェブカメラと、音声アシスタントの「小蟻(Xiaoyi)」が提供され、遠隔医療サービスや緊急援助要請などの機能のほか、家事や食事の配送といった有料サービスを受けられる。
音声による呼び掛けに反応して医療センターに電話をつなぐ小型ロボットは追加料金が1日当たり2元かかる。
藍創科技のこうしたスマートケアシステムはサービス開始からまだ4カ月だが、既に16都市で22万人の高齢者から契約を獲得。顧客の半数を人口高齢化が進む山東省が占める。
藍創科技は顧客数を年内に150万人、来年は1200万人、2021年には3000万人に拡大し、21年には中国版ナスダック「科創板」への上場を狙っている。
しかし、こうした低額サービスの目的は、月の年金が数百元しかない場合もある高齢者顧客から儲けを上げることではない。狙いはオフラインのサービス業者から顧客を奪うことにある。
リ・リボ最高経営責任者(47)はロイターのインタビューで「中国の高齢者向けケア市場は巨大だが、サービスは細切れ状態だ」と指摘。「真珠が地面にちらばっているようなもの」で、それをつなげるのが目標だと述べた。
藍創科技は高齢者向けスマートフォンのサービスで中国移動(チャイナ・モバイル)と組んでもいる。
中国では膨大な数に上る高齢者にスマート技術を生かした包括的な在宅ケアサービスを提供しようとする起業家が増えており、藍創科技はその一例だ。ただ、こうした取り組みはまだ緒に就いたばかりだ。
政府統計によると、中国の60歳以上の人口は約2億5000万人で、2050年には約5億人、総人口の35%に増える見通し。
山東省の省都、済南で生まれ育ったリュウさん(66)は、母親を介護した経験から介護の難しさを身を持って知っている。晩年の母親はカテーテルを着けても排尿がうまく行かず、しかも真夜中に問題が起きることが頻繁だった。リュウさんは「医者に連絡して助けを求められるとよかったが、24時間いつでも医者に連絡がつながるわけじゃない」と話した。
リュウさんは経理の仕事をしていたが、今は引退。高齢者を支援するハイテク機器のことは知らない。独り暮らしで、娘や義理の息子に迷惑を掛けたくないと考えている。
中国では高齢の父母は子供が介護するのが普通だった。しかし一人っ子政策が2016年に撤廃されたばかりの現代中国では、子供世代は1人で自分と配偶者の両親、計4人もの面倒をみなければならない。子供世代は職のために両親と遠く離れた都会にいる場合も多い。
老人ホームやケア施設の数は増えているが、一般的な家計にとっては経済的負担が重過ぎるし、一般的にこうした施設は虐待が蔓延していると受け止められている。
地方政府の取り組み
中国の中央政府は高齢者ケア制度の政策的な枠組みを作ろうとしてきたが、地方政府は介護サービスはあればいいが、業務の負担が重過ぎるなどとして支援に消極的だった。
しかし変化が起きつつある。
中国政府は今年4月、高齢者ケアの拡大に向けた、具体的な政策文書を発表し、その中にスマート技術や資金面の支援を盛り込んだ。
中央政府は藍創科技のスマートプラットフォームに約2200万元を補助し、山東省政府も300万元を拠出した。
これほどの金額の支援が出るのは10年前にはあり得なかったことで、当時起業家は常に地方政府から抵抗に遭っていた。
米国の起業家ワン・ジエ氏(59)は、家族が高齢者の活動状況を把握する上でカメラよりも心理的な抵抗感の少ないモーションセンサー(動体検知器)の試験設置を地元当局に打診した際のことが忘れられない。
当局者はワン氏に「何が目的だ。私に何の関係があるのか」と述べたという。ワン氏は試験をカナダで行わざるを得なかった。
ワン氏は13年末に北京に戻り、ベンチャー企業を立ち上げたが、地区ごとに当局者に掛けあってモーションセンサーの効能について理解してもらわなければならなかった。
ワン氏が経営するベイジン・イーケア・スマート・テックはコミュニティー組織との3年契約に基づき、今年に入ってから北京で数百機のモーションセンサーを販売した。
ワン氏は「もし高齢者が死亡して、発見が3日後などということになると地元政府に悪い評判が立つ。当局はこうした事態を避けたいのだ」と述べた。
黎明期
高齢化が進む米国や英国、韓国などでも新興企業が、家電製品の音声認識機能や独り暮らしのお年寄りに寄り添うロボットなどの技術を売り込み、介護分野に参入している。しかし中国ではこうした動きはまだ始まったばかりだ。
イ坊のZhuojing医療センターは藍創科技が医療サービス網に組み込んでいる147カ所の地域医療センターの1つだが、藍創科技のシステムを通じた問い合わせは1日あたり1、2件どまり。
ロイターは藍創科技のシステムを設置した顧客2人の家を取材したが、2人とも使っているのは主に家族との会話機能だった。
ツァオ・シーさん(55)は近くに住む母親と話すのに利用している。買い物や食事配送サービスの画面は、業者の表示が消えていた。該当するサービスを提供する企業が近所にないことを示している。
ツァオさんは持ち運び型の装置の赤いボタンが緊急連絡のためのものであることも分かっておらず、「電源ボタンかな」と尋ねた。
(Ryan Woo記者)