2022年7月6日、名古屋エリアを代表する百貨店・松坂屋名古屋店の北館5階フロアが大きく生まれ変わった。時計売場を従来の2倍に大きく拡張したのだ。
Apple Watchなどスマートウォッチの普及で、従来の腕時計が影を潜めている印象があるが、その中で思いきって時計売場を大幅に拡張した特化したねらいとは? フロア改装を主導した、同店のキーマンに話を聞いた。
「敷居が高い」高級腕時計売場のイメージを刷新
松坂屋名古屋店の北館(通称「GENTA」)5階フロアに入ると、時計売場「GENTA the Watch(ジェンタ・ザ・ウォッチ)」が視界に飛び込む。「A.ランゲ&ゾーネ」「ヴァシュロン・コンスタンタン」「パテック フィリップ」などの高級腕時計ブランドが並び、フロア中央にはソファを配したパブリックスペースを配置。売場面積は従来の2倍となり、広々とした開放感のある空間となった。
「百貨店の高級腕時計売場というのは、宝飾品・特選生活雑貨売場にあり、なんとなく敷居が高いイメージを持たれてしまう。若年層やご家族連れなど、新たなお客さまにも気軽に訪れ、ゆっくり滞在してもらえる空間づくりをめざした」
フロア改装を指揮した、松坂屋名古屋店 営業2部長の長谷場和也氏は語る。同店の北館は、名古屋屈指の都心のオアシスである久屋大通公園に面した好立地にあるが、改装前は公園側の窓が閉まった状態だった。今回の全面改装で窓を開放したことで外光が入り、公園の緑が映えるようになった。広々とした空間に明るさがプラスされた印象だ。
また、時計のオーバーホール(点検・修理)を行う「ライブリペアゾーン(時計修理工房)」もフロアの奥から中央へと配置。パブリックスペースの近くに置くことで、ゆったりくつろぎながら修理を待つことができる配慮がなされている。
なお、同じ5階フロアで取り扱っていた「バカラ」など宝飾品・特選生活雑貨売場については、他のフロアに移設。影響を最小限にとどめながら、時計売場に特化したフロアづくりを実現した。
コロナ禍で高まった高級腕時計への関心
松坂屋名古屋店が、この時計売場の全面拡張を検討し始めたのは、新型コロナウイルスの感染拡大前の2019年9月にさかのぼる。
「実はコロナ禍に入る前から、時計の売上は伸びており、特に高級腕時計への関心が高まっていた」
同店の時計バイヤー(本社 営業本部 MDコンテンツ開発第1部 松坂屋名古屋店 時計・メガネ担当)である長谷川明宏氏は、当時をこう振り返る。とりわけ松坂屋名古屋店は富裕層を対象とした外商部門に強みを持ち、高級腕時計の品ぞろえには定評があった。それが、近年では20代~30代の若年層にも、ロレックスなどを中心に高級腕時計への人気が広まりつつあったという。「その動きがコロナ禍に入っていよいよ本格化してきている」と長谷川氏は言葉を続ける。
「理由はさまざま考えられるが、コロナ禍に入ってから、より信頼できるブランドをお客さまが求めるようになっている。また、通常は200~300万円台の時計を購入していたお客さまが1000万円台の時計を購入するケースも増えている」(長谷川氏)
Apple Watch(アップルウォッチ)に代表されるスマートウォッチの普及で、従来の腕時計が売れていないかというと、実態はそうではないのだ。現に、一般社団法人日本時計協会の統計によると、2021年の輸入腕時計の数量は約1300万個と対前年比で7 %減少しているものの、金額ベースでは5857億円と17% 増加した。単純計算では、1本あたりの購入額が25%以上も上がったことになる。海外旅行を控えていた中で高額商品へ消費が向かったことや、昨今の円安傾向から実物資産としての高級腕時計への関心が高まったことなども背景にはあるだろう。
リニューアル後は売上が30 %上昇!
このような、近年の大きな「高級腕時計ブーム」の波をとらえたタイミングでリニューアルオープンした、松坂屋名古屋店の「GENTA the Watch」。取材日時点では、2022年7月6日のオープンから20日あまりが経過したところだったが、「対前年同月比で売上が30 %増えた」と、長谷場氏たちは確かな手ごたえを感じている。
「当初の期待どおり、若いカップルやご家族連れのお客さまが増えている。また、外商のお客さまの息子さまなど、次世代のお客さまにもご来店をいただいている」(長谷場氏)
この「GENTA the Watch」では、売場のリニューアルだけでなく、来店動機を高めるさまざまな工夫を試みている。ウェブサイトも全面的にリニューアルし、コラムや検索機能を充実。また、気軽にスマートフォン上で装着感を体験できる「オンライン試着サービス」や、自宅にいながらオーバーホールを依頼できる「オンラインウォッチオーバーホールサービス」も開始した。
今回のリニューアルオープンはまだ一部のみの展開。10月の最終オープンに向けて、これから取り扱いブランドも少しずつ拡張していく方針だ。
各店舗の「強み」に特化し、地域での競争優位性を確立
松坂屋を運営するJ.フロント リテイリングでは、2021年~2023年の中期経営計画の重点戦略の一つに「店舗・コンテンツの魅力化」を掲げ、各百貨店が強みをもつカテゴリーの拡充に集中的に取り組む方針を示した。一例として、松坂屋上野店は本館7階の美術品売り場を約2倍に拡張した「アートスペース」をリニューアルし、強みである「アート」をさらに強化している。
今回の「GENTA the Watch」は、まさに松坂屋名古屋店の強みである「時計」をより拡充し、名古屋エリアでの競争優位性を確立していくものだ。
「時計売場だけが賑わっていても仕方ない。北館全体、ひいては全館への波及効果も高めていく必要がある。そうでなければやった意味が半減してしまう」(長谷場氏)
コロナ禍での大打撃から、少しずつ業績が回復しつつある百貨店業界。松坂屋名古屋店の「時計」への“賭け”は、今後の名古屋エリアでの消費動向、ひいては百貨店業界全体の動向を占う意味でも注目すべき一手だ。