ダイヤモンド リテール・カンファレンス2016
小売業のデジタルマーケティング最前線
カスタマーエクスペリエンス向上を実現するデジタル化、オムニチャネル戦略
株式会社 良品計画 WEB事業部長 川名 常海 氏
MUJI DIGITAL Marketing 3.0
「無印らしい」顧客体験の創造を目指すデジタルマーケティング戦略
デジタル化された顧客の課題解決に守備領域を拡張
オムニチャネルを軌道に乗せるために重要なことは、消費者の共感を得ることであり、より良い買い物プロセスをどう体験してもらうかが重要なカギになる。「無印良品」を展開する良品計画は、デジタル接点が増えていく中で、どのように顧客との絆づくりをして、いかに長くお付き合いしてもらえるかをテーマに据えている。その結果として、お客様に店舗へ行ってもらったり、ネットストアに来てもらったりできるかを考えて施策として打ち出してきた。デジタルを通じてお客様とのつながりを深めていくために、当初の「MUJI Digital Marketing1.0」から「2.0」「3.0」と“バージョンアップ”を図ってきた。
川名 常海 氏
インターネットの普及が始まり企業サイトが一般化し始めた2000年に、無印良品はコミュニティサイトを立ち上げるとともに最初のECサイトも開設した。コミュニティを通じてお客様が提案して開発された商品もある。当時は無印良品の店舗が全国に300程度で、まだ全国をカバーしていなかった。そこで店舗のない地域の顧客を開拓するためにもECが有効という判断だった。つまり店舗ネットワークを補完するということが、最初の目的だったわけだ。その頃は店舗とECでは、商品戦略も販売戦略も異なっていた。しかしECが順調に拡大すると「店舗の売上がECに取られている」という声が店舗サイドから起きてきたこともあった。
その後、2003年から2004年にかけて、第2フェーズでは方向性を「ネットから店舗への送客」というように変化させた。これはネットの売上が伸び悩んできたこととも関係し、調べてみるとネットストアで購入経験がある人は40%、購入経験のない人が60%ということがわかったということも背景にある。結局、ネットでキャンペーン情報や商品チェックを行い、実際に店舗で触ってみたり試着したりして購入している、ということがわかってきた。そこでメールを使ってクーポンを配信することでお客様に店舗に関心を持ってもらい、ネットではできない買い物体験をしてもらうという施策を行った。そうするとかなりのメンバーが来店してクーポンを利用することで売上も伸びてきた。ECサイトに「店舗で受け取る」というボタンも設置した。ネットでのコミュニケーションを高めることで、お客様を店舗に誘導することができ、店舗で「無印良品」のブランド価値を体験してもらうことができるようになった。
さらに2008年から2009年にかけて、第3フェーズ「MUJI Digital Marketing 3.0」に移行する。先進国の場合、一般の人は1日3000件の広告メッセージに接すると言われるほど情報過多の時代に入った。それだけ広告メッセージを発信しても、その情報を見てもらえないという状況が起きる。モノ余り、製品ごとの違いもあまりないという中で、どのように商品の価値や違いを見出してもらい購入につなげるかが大きな課題になる。つまり「いかにして伝えるか」ではなく「どうすれば受け取ってもらえるか」を考える必要が出てきた。
ここで無印良品が考えたのは、「企業やブランドの意志をどう伝えてそれに共感してもらえるのか」である。その頃に起きたケースで、我々の商品である「ごはんにかける ふかひれスープ」に対し環境保護団体が販売を中止するように求めたキャンペーンがある。日本の旗艦店である有楽町店の前での抗議活動にも発展した。そうしたキャンペーンに対し、無印良品でもアクションを起こす必要があり、1本のリリースを出した。その中でフカヒレだけを使っているのではなく、他の部位も余すところなく他の商品の原料に使っていること、使用しているヨシキリザメは絶滅危惧種の中でも低ランクであること、ふかひれスープの商品化は東日本大震災で被害を受けた気仙沼港や周辺地域の活性化にも寄与していることなどを訴えた。
その直後から無印良品に対する好意的なツイートが出てくるようになった。WEB事業部でツイートの内容を分析したところ、86%は好意的なコメントで14%がネガティブなコメントということもわかった。極め付けは、このリリースを出した翌週に「ごはんにかける ふかひれスープ」の売上が通常の4倍にハネ上がったことだ。つまり企業が明確にメッセージを打ち出したことで、それに対する賛同が広がり、それは売上も後押しした。
従来、一方通行だった企業側のメッセージは良い体験を入れ込んでいくことで受け取り方が変わってくる。これも実際のケースだが、「自分で作るヘクセンハウス」つまりクッキーで作るお菓子の家のキャンペーンでは、お客様のSNS上の会話からインサイトを導き出し、有楽町店にお菓子の街を作った。店舗に来たお客様が何をするかというと、まずスマホを出して写真や動画を撮ったり、ツイートしたりして情報をシェアしてくれる。ブランドからの一方的なメッセージ発信のほとんどはお客様に伝わらないが、お客様のインサイトをとらえた「良い体験」は口コミになり、人から人へ伝播していく。
企業から生活者に向けて一方通行のコミュニケーションではなく、中心にお客様がいて、SNSやコミュニティを通じて購買体験やブランドや商品に対する満足といった「良い体験」をはじめとして様々な情報が拡散していくというスタイルに変わってきた。
コミュニケーションをより深くするために、無印良品で始めたのが「MUJI Passport」。アプリ型の会員証だが、そこからさまざまなデータが見えるようになった。「MUJI Passport」を使って買い物をすればマイルが貯まる。それだけでなくネットストアで商品をチェックするなどチェックインするだけでもマイルが貯まる。また購入した商品の評価コメントを書いたり、「くらしの良品研究所」で提案したりすることでもマイルが貯まる。さらにSNSでMUJIファン同士のやりとりでもマイルが貯まる仕組みを作った。
キャンペーンを打って、共感し推奨してくれるメンバーがどれくらいいるか、話題にする層はどのくらいか、キャンペーンを確認したり参加したり、購入したかしないかという効果測定だけではなく、お客様の商品に対する感想や、買い物体験をどう評価しているかという情報を得られるようになり、それをもとにお客様の求める価値をどう実現するか、お客様にとって良い体験をどう提供するかという視点で考えるようになった。
こうした施策を通じて我々にとって、デジタルマーケティングとは「デジタル時代に求められるマーケティング」ではあるけれど、それはWebサイトやスマホアプリ、アドテクといったお客様との接点だけを考えていくことではない。真のデジタルマーケティングとは「デジタル化されたお客様」の買い物体験やブランド、商品に対する関心や評価をフィードバックし、ECでも店舗でも「お客様にとって良い体験を作る」ことをメインテーマに据えることが重要だと考えている。それを基本にMUJI Digital Marketingもさらに発展していかなければならないと考えている。