サプライチェーン、ロジスティクス、機械学習にフィンテック……流通大国・米国では、大手リテーラーがさらなる成長をめざし、さまざまな領域で特許を出願、取得している。知財情報の分析、知財経営への戦略提言などを手がける“知財分析のプロ”である知財ランドスケープCEOの山内明氏が、特許情報から大手リテーラーの戦略を分析する本連載。第1回は、アマゾンが取得したロジスティクス領域の特許を分析、同社が水面下で推進する「ドローン配送戦略」について考察してもらった。
アマゾンの「Prime Air」構想
ドローン配送といえば、日本でもセイノーホールディングスや楽天による実証実験が話題となっていますが、世界に先駆けて2013年に「Prime Air」構想を発表し、2016年に英国で実証実験を行ったのは、誰もがリテールの雄と認めるアマゾン(Amazon.com)です。
しかしながら、発祥の地、米国においてアマゾンが第135スタンダード認証(Part 135 Standard Certification)」という航路配送許可をFAA(FEDERAL AVIATION ADMINISTRATION:連邦航空局)から取得できたのは2020年8月と最近でした。
第135スタンダード認証を取得できれば、操作者による目視監視を不要としつつ多数のドローンを運行できることから事業化に弾みが付く一方、その分だけ高い安全性や信頼性が求められるため、先駆者たるアマゾンであっても認証取得までに長い年月を要したのです。
特許情報の分析で個社の戦略を炙り出す!
著者は、特許情報を起点とした分析によりさまざまな分野のDX潮流や個社戦略などを炙り出すことを本業としており(これらを知財業界やビジネスコンサルティング業界では、IPランドスケープともいいます)、今回、ロジスティクス分野のDX(デジタル・トランスフォーメーション)潮流をアップデートする中で、アマゾンが第135スタンダード認証取得に向けて開発した重要技術を知得できましたので、以下に紹介します。
まず図表①をご覧ください。これは一言でいうと、ロジスティクス分野のDX潮流や個社戦略を炙り出すために特許情報を見える化したものです。
具体的には、ロジスティクス分野のDX潮流のヒントを含む特許情報を母集団とし、どの企業がより多く特許出願したかを示す出願人ランキングマップを左側に、各出願人がどういう技術分野に特許出願したかを示すマトリクスマップを右側に配したものです。
各マップにおいては、特許出願件数の大小に応じたバーやバブルを出願時期で色分けしており、これによってどの企業がどの分野においていつから(いつ頃)技術開発に傾注したかを知ることができ、個社戦略を炙り出すヒントが得られるのです。
ロジスティクスDXのトップランナー、アマゾン
それでは、実際に今回のテーマであるアマゾンについて個社戦略を炙り出してみましょう。
図表①における左側の出願人ランキングにおいて、アマゾンは第4位にランクインしますが、実は2015~2016年に限れば、圧倒的首位であり、換言すれば、ロジスティクス分野のDXで圧倒的先駆者といえます。また右側の技術分野別の出願状況では、ドローン関連への先駆的傾注が認められ、ドローン配送構想で世界先駆けであったこととも整合し、納得感があります。
そこで、アマゾンのドローン関連出願群の中に同社によるドローン配送戦略のヒントが秘められていると判断して個別確認したところ、後続の他社出願から多数引用された注目度の高いもののとして米国特許10402646(発明名称:航空機のための対象物検出および回避、2017年出願)が特定しました。
ドローン配送戦略のカギ?
「センス・アンド・アボイド・システム」とは
図表②は、その米国特許10402646の説明図であり、上空のドローンから地面に向かってカメラ撮像し、空中の電線などの障害物や、地面に放置された自転車や走り寄る飼い犬などの障害物を判別し、安全かつ最短となる航路で配送可能とする制御システムが開示されています。
これがドローン配送戦略のヒントだと確信した著者は、特許情報の枠を超えて関連しそうな情報を鋭意収集した結果、この制御システムはアマゾンが「センス・アンド・アボイド・システム(sense-and-avoid system)」と称するものであり、図表②からも想起される通り、操作者による目視監視を不要としつつ多数のドローンを運行する鍵となることを突き止めました。
本制御システムおよびその関連技術が上述した第135スタンダード認証の取得に役立ったことは間違いなく、アマゾンが本特許技術を活かして攻勢に出ることが容易に将来予測されます。
以上より、ロジスティクス分野DXの先駆者たるアマゾンによるPrime Airの本格始動は時間の問題であり、ロジスティクス分野におけるドローン配送の本格普及トリガになること必至といえるため、要注目です。
<三井物産戦略研究所・高島勝秀のひと言解説>
インフレ下のコスト増、とくに人件費の高騰は深刻で、小売業に従事する働き手不足も緊迫化しています。「1人の作業者が、遠隔で複数台を運行できる」というテクノロジーは、ドローンだけでなく、配送ロボなどでも求められており、今後の拡大・普及を考えるとまさに必須の技術といえるでしょう。
本件はドローン(空輸)の領域ですが、制御システムの重要性は陸運でも言えることで、もちろんそちらへの応用・活用も考慮されていると考えられます。他社にさきがけてドローン技術を構築しようとするアマゾンのこうした動きは、クラウドや決済、フルフィルメントとこれまでの同社の取り組みを考えると、自然の流れとも言えます。今後は、自社で開発・活用した技術やノウハウの外販の可能性も十分考えられ、同社の新たな利益の源泉となりうるかもしれません。