第281回 味の素と資生堂…… ダイエー、メーカーとの安売り巡る戦争

樽谷 哲也 (ノンフィクションライター)
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評伝 渥美 俊一(ペガサスクラブ主宰日本リテイリングセンター チーフ・コンサルタント)

「これからも安売りをします」

 中内㓛を筆頭とする兄弟の私的な冷戦とも呼ぶべき長年の諍(いさか)いには、さすがの渥美俊一も深くかかわろうとしなかった。だが、ダイエーが花王石鹸(せっけん)や松下電器産業(現・パナソニック)などと10年、30年と繰り広げた安売りを巡る長い「戦争」には、消費者本位の「定価破壊」を、やがては「価格破壊」を実現するためなのだと常に理論的な支柱になり、そして決して怯ひるむことのない味方としてともに戦った。

 かつて日本の食卓には必ずあったうま味調味料の「味の素」で最大のシェアを有す味の素との間でも、ダイエーが再三の警告に耳を貸さずに安売りをつづけているため、商品の正式な出荷停止という、また新たなる「戦争」の火種を抱えかけたことがあった。

 アメリカ帰りの実力社長として知られる味の素の道面(どうめん)豊信(1888-1981)は、ダイエーの店舗へ初めて自ら足を運んだ。大賑(おおにぎ)わいの売り場で、味の素が飛ぶように売れていくさまを見て、大いに驚きつつ、日本マーケティング協会初代会長の視点を持った。ダイエーは、単なる小売商ではなく、ドル箱の看板商品を大量に売ってくれる大事な顧客である、と。ただし、このまま安売りをつづけられては値崩れを起こすという社内の幹部たちの危機感もよくわかる。道面豊信は、自らダイエーへ交渉に乗り込むことにした。

 ダイエーが有名メーカー各社と「戦争」をつづけていた時代について渥美俊一に訊(たず)ねていた折、思い出したように味の素とのエピソードを語り始めた。2002年5月のインタビュー取材においてである。

 「味の素の道面さんといったら、天下のナショナルブランドメーカーの有名な経営者で、しかも日本のマーケティング屋の大将でしょう。その道面さんが直接会いたいとダイエーに面会を求めてきた。中内さん、『どうしたらいいか』なんて僕に訊(き)いてくるんだよ。『んなの、堂々と会えばいいだろう』っていうのが僕の返事でね」

 後日、中内から、道面との面会でのやりとりの模様を聞いたと渥美は話した。渥美が「そういえば、食品メーカーで最も早くペガサスクラブに入ってきて、しかも長く会員でいたのは味の素ですよ」と振り返りながら明かしてみせたのは、このようなやりとりである。

 道面は、「味の素のダイエーへの出荷を停止しようとうちの営業部門の幹部はいうが、私はそうすべきではないと思っています。こんなにお客がきていて売れているところなのだから、これからもぜひ売っていただきたい。だから出荷停止はしない」と、駆け引きをすることなく切り出した。

 中内㓛も負けていない。

 「うちは、これからも味の素の安売りをしますよ。おたくのいうとおりの価格では売らん」

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記事執筆者

樽谷 哲也 / ノンフィクションライター

1967年、東京都生まれ。千葉商科大学卒業。雑誌編集者を経て、98年からフリーランスに。渥美俊一とJRC、流通企業と経営者、周辺の人物への取材は10年以上に及ぶ。「人間 渥美俊一」を渾身の筆で描く。

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