「このシステムはユニクロが導入しています」、「私たちはユニクロの経験があります」。デジタルベンダーが企業から契約を取るために使う殺し文句である。テクノロジーの変化は早く、その裏側まで理解するのは困難だ。だからといって、自社に導入してうまくいくとは限らない。本稿では急速にアパレルビジネスの生き残りが難しくなるなか、生き残るために「デジタル化」をどのように進めるべきか、そして今後起こり得る「M&A」について論じてみたい。
「私は業務をやるから、お前はデジタル改革を専任しろ」は自己矛盾
経済新聞やコンピュータ雑誌に書かれているAIや量子コンピュータなどの技術に関する解説の多くは学者が書いたものだ。読み物としては面白いが、現場を駆けずり回っている私からすれば、SF小説と変わらない。「将来、AIが働いて、私たち人間を養ってくれる時代が来る」などは、知的好奇心はかき立てられるものの、私や企業が今すべきことは、数十億円、時には数百億円へと積み上がった余剰在庫が端緒となる企業破綻をとめることだ。のん気に数十年後の予想をしている間に、数多くの企業が消えてしまう運命なのだ。ことデジタルに関しては、将来的な可能性と現実の課題との間にはあまりに大きなギャップがある。
さて、「私は業務をやるから、お前はデジタル改革を専任しろ」というセリフが多くの企業で横行している。一見この考えは合理性があるように見えるかもしれないが、もはや業務はデジタルが人間から奪い自動化される時代である。つまり、業務とデジタルとを分けて検討することは自己矛盾なのである。デジタル化が進めば、その業務そのものが不要となるし、今まで分かれていた組織が統合されることもある。特に、生産領域はその可能性が高い。
デジタル導入の目的が曖昧な日本企業
最近では、ユーザー部門のデジタル化を進める目的で、デジタル改革業務を経営戦略室に移管する動きがでてきた。この移管の本来の目的は、既存の業務改善にデジタル化を使うのではなく、業務そのものの本質的な意義を問い、今までにないデジタルカンパニーの絵姿を白紙の紙に描き、その実現のための組織やKPIをゼロベースで設計し、どのようにその絵に近づくのかを考えることである。
これだけの改革を行おうとすると、時に多くの人的犠牲を伴うこともある。ところが白黒をハッキリさせることが苦手な日本企業では、こうしたときに「グレー」を選択し、業務を知らないシステムチームと自らの業務を守ろうとするユーザ部門の混成チームを、どちらが意思決定をするのか曖昧なまま作りがちだ(そもそも彼らに意思決定する力もないのだが)。また、コンサルタントは業務を理解していないのでデジタル化の絵図を見せられないままプロジェクトがキックオフされる。こうしたプロジェクトの特徴は、プロジェクトのゴールに財務成果を置かないこと、また、導入そのものが目的となっていることだ。生産性を上げるのか売上を上げるのか。システム導入の目的はハッキリしないしそのロジックは曖昧である。
生産性を上げると言っても、人は暇な時間があれば自分で仕事を作り出すものだから労働生産性は上がらないし、需要予測を行って売上を上げるといっても、アパレル業界の場合そもそも企業の供給量が需要を大きく上回っているわけだから、個社の需要予測を行っても市場は吸収しない(つまり、需要は増えないから売上も上がらない)。すべてがチグハグなのである。当然、生産性を上げたいのであれば、今の人員で売上を(例えば)5倍にするか、今の売上で人員を1/5に削減するかのいずれかである。
つまり、論理的な解決策を挙げるとなると、以下のようになる。
・B2Bであれば下工程の企業と疎結合し競合の参入を防ぐ。
・B2Cの場合は、まずユニクロと同等の勝負ができるコスパを実現するか、あるいは、ユニクロと比較しても妥当と思われる憧れや満足感を得られるブランド力を持つこととなる。
・あるいは、B2Bであっても、B2Cであっても、M&Aによる事業規模拡大、あるいは多角化は、縮小する市場の中では唯一ともいえる打開策かもしれない。
M&A減税措置が、アパレル企業では機能しない理由
とはいえ、理論と実際は違う。というのも、3番目のうちM&A戦略は中小企業が多いアパレル業界ではあまり大きな成果を挙げられないと私は考えている。
折しも、日本の生産性の低さの原因を「数多くの中小企業が非効率ながらも経済を支えている」ことに見いだした政府は、企業のM&Aに減税措置を設置する方針を打ち出した。
しかし、数多くのM&Aの現場に立ち会った経験から言うと、アパレル企業は人材の流動化が激しく、事業競争力の多くは属人的である上、企業ごとに驚くほど企業文化が異なる。そんなアパレル企業が、簡単にレゴブロックのようにくっついたり離れたりしても、その成果を生み出すまでに大幅な時間がかかってしまう。
アパレル企業、それも新興アパレルのライフサイクルをリアルな例としてお話ししよう。
1)サークル活動のノリでつくった事業がうまく行き、決して大企業が真似できないような魅力を持つブランドを次々に出す
2)次第にトレンドが過ぎていき、ここで経営破綻の危機を迎えるか、改革に成功するなどしてそのまま成功するかというコースを辿る
3)危機を迎えた企業は、金融機関が救済策として大企業による資本参加を受け入れる
4)ところが、新興アパレルの主要メンバーの多くは大企業のやり方に辟易し、出ていってしまう(そして彼らの多くは海外企業にスカウトされることが多い)
以上が、実はアパレルのM&Aでは典型的なパターンなのである。
なぜ、空前のスタートアップブームなのか?
加えて、大企業の方が生産性が高いというのは、生産性の計算のやり方と産業構造の仕組みの双方を理解せず、単に、売上や利益を人数で割り返しているだけだからだ。
日本企業は、大企業になればなるほど大きな利権事業を保有し、黙っていても仕事が降ってくる仕組みができあがっている。だから、計算上は生産性が高くなるわけだが、実際に大企業では、外向きの仕事だけでなく、社内政治に労力を費やし、少なくとも価値創造という意味では余剰人員のたまり場となっていることも少なくない。大企業のほうが生産性が高いというのは、少なくとも「個人の価値活動」という観点からいえば間違っていると私は言いたい。
なぜ、今空前のスタートアップブームなのかというと、その理由の1つとして、こうした現実に嫌気がさした若手が次々と大企業を去り、ベンチャー企業に転職したり、起業したりしているからだ。したがって、政府がM&Aを促進させたとしても、これまで説明したように、次々と子供や孫が産まれる猫のように、中小企業が枝分かれしてゆく。根本的な問題解決にはならないのである。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)