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来店拒否も!「カスハラ」被害、有力小売企業の抜本的対応とは

お客による従業員への迷惑行為である「カスタマーハラスメント(カスハラ)」。厚生労働省は2022年2月、「カスタマーハラスメント企業対策マニュアル」 を策定し、カスハラを「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求 を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義した。 カスハラは、場合によっては従業員の健康不良や精神疾患を招き、貴重な人材・時間・金銭の損失につながるなど、企業にとってさまざまな悪影響の可能性がある。

厚労省は今後、企業に対して、カスハラ対策を義務付ける法改正を調整する考えだ 。社会全体でカスハラ防止への対応が検討されている現在、企業ごとの対応はどのように進んでいるのか。被害の現状を把握するとともに、大手小売企業がどのような対応をしているのかをみていく。

FG Trade/iStock

カスハラ被害の現状

 帝国データバンクが24年7月に公表した「カスタマーハラスメントに関する企業の意識調査」 によると、直近1年でカスハラ被害が「ある」とした企業は15.7%、「ない」とした企業が65.4%だった。また、直近1年以内にカスハラを受けたことが「ある」企業を業界別にみると、『小売』が34.1%と最も多く、『金融』30.1%、『不動産』23.8%、『サービス』20.2%と続いた。BtoCを主とする業界が上位を占め、BtoBが多い『製造』や『運輸・倉庫』などは全体平均を下回る結果となった。

 カスハラへの対応策や取り組みの有無については、「取り組みあり」が50.1%、「特に取り組んでいない」が47.4%とほぼ半々となった。直近1年以内にカスハラ被害が多い業界は何らかの取り組みがある企業が多く、被害が少ない業界では取り組みが少ない傾向が見て取れる。
 対応策の具体的な内容については、電話に録音機能を付けるなどの「顧客対応の記録」が20.1%で最も多く、「カスハラを容認しない企業方針の策定」が12.3%と続いた。

 調査内では「どこまでの発言・行為がカスハラに該当するのか不明なため、判断しづらい」との企業の声もあり、カスハラを自分事としてとらえることが難しい人も多い。結果からは、対策がまだ万全ではない現状と、業界ごとの対応の差が歴然となった。

「基本方針」を制定した企業

JackF/istock

 同調査内で最もカスハラ被害の多かった小売業界は、早急な対応が求められている。そんななか、調査内にもあった対応策の「カスハラを容認しない基本方針の策定」を実施した小売企業もすでにあり、企業としての姿勢を固めている。例として以下に3社を挙げ、どのような方針を掲げているのかみていく。

① 髙島屋  「来店拒否」も明記

 大手百貨店の高島屋(大阪府/村田義郎社長)は、7月8日に「カスタマーハラスメントに対する基本方針」を発表した。

 内容の冒頭では「ごく一部のお客様の心無い言動により、職場環境が害される事案が発生しております」とし、「お取引先を含む、髙島屋グループで働くすべての人が、働き甲斐を感じ、安心して働ける環境を構築するために本基本方針をお示しします。」と、策定の理由を明示している。

 カスハラの定義は、厚労省がマニュアル内で示したものを踏まえた内容になっているほか、対象となる行為を例として提示している。
 例には「お客様による暴力」「お客様による不当・過剰な要求」という一般的なカスハラのイメージにあるものや、「お客様による従業員への誹謗中傷・つきまとい行為」「会社・従業員の信用を棄損させる内容、従業員の個人情報等のSNS等への投稿」といった従業員個人への迷惑行為もその対象として列挙した。

 対応方法については「社内対応」と「社外対応」の2つに分けて記載している。「社内対応」では、カスハラに関する知識や対処方法の研修を実施するほか、相談窓口の設置を挙げた。「社外対応」では、まずは合理的な解決に向けて話し合う姿勢をとるとしつつも、カスハラと判断した際に対応を打ち切り、以降の来店を拒否する場合があることもはっきり記載した。 


② アオキスーパー  被害従業員のフォロー体制まで記載

 アオキスーパー(愛知県/青木俊道社長)は、7月16日に「カスタマーハラスメントに対する基本方針」を発表した。

 同方針は冒頭で「お客様の快適なお買い物環境と従業員の心身の健康及び安全を守ることを目的として」と策定の理由を示しており、該当する行為があった場合は「本方針に沿って毅然と行動し、組織的に対応いたします」と記載した。

 定義の箇所は、どのような行為がカスハラに該当するのかを明らかにする内容になっている。「威圧的・脅迫的な言動、暴言、暴力」「人格を否定する発言、個人を侮辱する発言」などの行為を挙げ、最後に「その他のハラスメント行為」と加えることで、記載内容以外の行為についても想定し、カバーしようとしていることもうかがえる。

 対応については前述の髙島屋と大きく変わらない内容となっているが、「被害にあった従業員のフォロー体制の構築」という項目が明記されているという違いもあった。


③ ローソン  幅広い可能性までを考慮

 大手コンビニチェーンのローソン(東京都/竹増貞信社長)は8月9日に「ローソングループ カスタマーハラスメントに対する基本方針」を制定した。

 定義は髙島屋と同様に、厚労省のマニュアルで定められたものに基づいて明記しているほか、対象となる行為については多くの例を列挙。定義の文面内容に関連させた表現を使用し、「要求の内容が妥当性を欠くもの」と「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」の2つの項目に分けて例を記載している。

 行為例の箇所には注釈として「以下の記載は例示であり、これらに限られるものではございません」という文言が丁寧に加えられており、さまざまな可能性に配慮した内容となっていた。

 対応については、組織的に解決に向けて取り組む姿勢と、今後の入店取引を拒否する場合があることを示した。また、社内的な取り組みとして、研修の実施やお客様対応に関する相談窓口の設置も明記している。

小売各社の対応は加速へ

 上記の3社の打ち出した基本方針の方向性はいずれも、該当行為に対して「毅然とした態度で対応する姿勢」がはっきりとしている。これらは厚労省の作成したマニュアルが軸となったためだろう。こうした大手企業の動きによって、小売業界としての「カスハラ」への対応準備は加速していくと考えられる。
 また、それぞれの基本方針の中で目立ったのは、まだ定義や判断基準が浸透していない「カスハラ」がどのようなものかを示すため、具体的な例の記載が各社で丁寧になされていた点だ。それと同時に、「等」や注釈による記載によって、該当する行為を限定しすぎず、幅を持たせてもいた。

 企業ごとに方針が掲げられ発信されることによって、社会全体の「カスハラ」に対する理解はどんどん深まっていくだろう。法整備が進めば、企業も対応がしやすくなる。また、逆に整備が進んだことによって、今までスルーしてきた事例もカスハラとして対応することになり、より対応が難しくなるケースも考えられる。小売業界として対応が迫られる「カスハラ」について、今後も注視していく必要がある。