誰も語らなかったZARA圧勝の秘密3 AI予測がZARAには有益も日本企業には無意味な理由
MD業務へのハイテク活用は
ZARA型モデルへの移行なしでは無意味
昨今では、AIを使い、過去のトレンド趨勢から将来の色トレンド、シルエットを予測する技術ができ、加えて、株価予測の技術を使いながら自社のPOS情報の過去趨勢から数量トレンドを予測する技術もある。
しかし、これらの技術を使って会社業績が改善したアパレルはなく、むしろ業績は悪化さえしている。これには、2つの要因がある。
まず、アパレルには冒頭で書いたZARAのようなトレンドセッター型と、長期開発・長期販売型のアパレルがある。後者にこれらの技術を導入するのはナンセンスだ。
理由は、長期開発・長期販売型アパレルに対してAIによる予測技術は無意味で、まずは業務的にライトオフ期間を見直すべきだからである。
ではどのような分野に技術投資すべきなのか? それは、長期間販売してゆくため、受注生産によるIot (生産工程にセンサーを入れ、半製品在庫料を計算して工程管理をする技術) や、ライトオフまでの在庫水準点管理、などだ。
これに対し、トレンドセッター型アパレルは、そもそも商品に差別性がなく、顧客率(総売上に占める、そのブランドしか買わないという顧客の割合)は、平均するとF1層で15%以下、F2でも20%以下である。したがって、個社の将来予測も残念ながらまたしても無意味で、消費者は、似た商品が競合他社でさらに安価で売られていたり、あるいは、もっと斬新でおしゃれな商品を競合がだせば、容易にそちらに流れてゆく。だから、やはり需要予測を導入しても無駄なのだ。
このタイプのアパレルは、まずはブランド強化を行い、顧客率を4-50%程度まで高めることが先決。自社に需要予測を導入した場合に、競合に食われない強い顧客基盤をつくるべきなのだ。
つまり、いずれにおいても処方箋が間違っていることがお分りいただけたと思う。ビジネスモデルの改革と顧客ニーズの関係を整理した後で、活用すべきデジタルツールを選定すべきだ。
もはやアパレルビジネスは、全事業所の半数が赤字になっているといい、産業崩壊の縁に立っている。こうした惨状にあるのに、しっかりした問診なしに安易にテクノロジーを導入することで重病患者を治そうとする動きは、私には看過できない。そのことを理解していただくために、多少失礼な表現となったことをお許し願いたい。
真のデジタル戦略とは
自社の戦略に基づいた必然性のあるものである
さて、ZARAの強さの秘密とデジタル戦略というテーマで書き上げた本稿だが、「どのような魔法の杖がでてくるのか」、「まだ見たことのないパッケージの紹介がなされるのでは」と期待していた方には残念だが、そのようなものは登場しない。
真のデジタル戦略とは、難解なJARGON(専門家にしか分からない用語) を使うことでも、覚えることでもない。ましてや、勝ち筋が見えないまま、とにかく導入先行型のアプローチは危険ですらある。
本稿で書かれたように、競争戦略の基本は全く変わらない。現在の市場、そして、競争環境を正しく分析し、顧客のニーズに応える商品、サービスは何かという根本的な問いを自らに課し、改革を行う文脈の中に必然性をもってデジタル導入がなされるという、「戦略的ストーリー」の重みを感じてもらいたい。そして、いかなる言い訳も、会社の業績が改善しなければ無意味であるということを知るべきだ。
最後に、柳井正氏が「情報小売業」を目指すと宣言したとき、「服とは我々にとって何か」という哲学的な問いかけを自らの社員のみならず、日本のアパレル業界に投げたことを思い出して頂きたい。ユニクロは、これを「ライフウエア」と定義し、一気にデジタル化を推進した。
このスタンスこそ、デジタル化を行う上での第一命題であり、同時に本稿の根幹をなすものである。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)
ブランド再生、マーケティング戦略など実績多数。国内外のプライベートエクイティファンドに対しての投資アドバイザリ業務、事業評価(ビジネスデューディリジェンス)、事業提携交渉支援、M&A戦略、製品市場戦略など経験豊富。百貨店向けプライベートブランド開発では同社のPBを最高益につなげ、大手レストランチェーン、GMS再生などの実績も多数。東証一部上場企業の社外取締役(~2016年5月まで)