スウェーデンの家具大手イケアでは、スウェーデンレストラン、スウェーデンビストロ、スウェーデンフードマーケットといったフード事業を展開しているが、同社では、このフード事業を“ベストソファセラー(ソファを一番売る場所)”と呼んでいる。特に近年の伸びはめざましく、今後は一つの柱として位置づけられているフード事業について、イケア・ジャパン(千葉県/ペトラ・ファーレCEO)のカントリーフードマネジャー 佐川季由氏に話を聞いた。
おなかがすくと人は帰ってしまう
家具売場に併設されたレストランや出口付近にあるビストロは、「買物の合間におなかを満たす場所」だ。しかしそこに設えられた家具や調度品類はすべてイケア製品ということもあり、単に寛ぐための場所というだけにとどまらず、「このソファ、座り心地がいいね」とか「さっき売場で試したものもよかったけど」などとイケア製品を体験しながら、最終的に何を購入するかを決めるきっかけになる場所になっている。そうしたことから、イケアではフード事業を“ベストソファセラー”と呼ぶ。
イケアでは1号店(スウェーデン・エルムフルト)のオープン翌年(1959年)にスウェーデンレストランを店内に設けた。
イケアの創業者イングヴァル・カンプラードは「おなかがすいている人とビジネスをするのは難しい」と語っている。「何を買おうか、店内で悩んでいるうちに、お客さまがおなかをすかせると、ランチを食べに外に出て、そして空腹を満たすとイケアに来ていたことも忘れて、そのまま帰ってしまう」こうした苦い経験を何度も味わっていたからだ。
そこで「店内に空腹を満たし、休憩をとれる場所をつくってしまえばいいじゃないか」と考えたという。これがイケアのフード事業の始まりだ。
現在、フード事業の全社に占める売上比率は、グローバルベースで6%程度の規模だが、この5年でフード事業は大きく伸びてきており、ここ数年は、一つの柱として事業の拡大が期待されている。
イケアフードを目的に来店する人も
日本においても、国内1号店のIKEA船橋(2006年4月出店。現IKEA Tokyo-Bay)のオープン当初からフード事業の営業をスタート。
都心型の3店舗については、IKEA原宿では、スウェーデンの伝統料理フラットブレッドに具材をのせた「ツンブロード」をイケアの店舗として世界で初めて販売したスウェーデンカフェ(現時点ではIKEA渋谷、IKEA新宿でも販売)および、世界で唯一のスウェーデンコンビニ(日本のコンビニ同様、コーヒーなどの飲食や、軽食も販売)を設置。IKEA渋谷は、肉を使わずにホットドッグを模したベジドッグ専門のスウェーデンビストロ(世界初)とスウェーデンレストラン、IKEA新宿ではデリの量り売りを導入したスウェーデン バイツ(世界で唯一)の営業も行っている。
日本でのフード事業はグローバルベース(約6%)よりも、売上シェアがかなり高い(約10%)。オンライン販売を除くと約12%がフード事業の売上になる。都心型3店舗はさらに高く、原宿店の場合は20%以上になっているという。
「コロナ前のデータだが、イケアのフードを楽しみに来店する人(「イケアフードのみを利用」+「イケアフードと家具を利用」)が4割を超えていたこともある。グローバルでは25%程度なので、日本は高い傾向にある」。イケア・ジャパン カントリーフードマネジャーの佐川季由氏は、こう語る。
フードは店舗における客との最後の接点
ではなぜ、日本のフード事業の売上比率は、グルーバル平均よりも高いのだろう。
フード事業の役割は、「買物の合間におなかを満たす場所」であり、「ソファを一番売る場所」だが、日本においては、さらに「スウェーデンの食文化を伝える場でもあり、食の機会を通して『イケアって、安い!手ごろ!』と思ってもらえるような価格政策もとっている」(佐川氏)
例えばスウェーデンレストランの「カレー」は290円(税込)、スウェーデンビストロで提供する「ベジドッグ」は80円、「ホットドッグ」100円、「アイスクリーム」にいたっては50円という価格だ。
イケアの標準的な店舗では、出入口近くにスウェーデンビストロを設置していることが多いが、イケアとの接点の最後の最後に「『ぜひ、また、イケアの低価格を体験しにいらしてください』という思いを込めた価格設定でもある」(同)という。
2012年、イケアのサステナビリティの方向性として、「ピープル・アンド・プラネット・ポジティブ」(人、社会、地球にポジティブな影響をもたらすことを使命とする)戦略が示された。
この流れのなかで、フード事業が特に力を入れているのがプラントベース(植物由来)だ。
2015年にプラントベース初の取組みになる「べジボール」を発売。2019年にプラントベースフード(植物性食品)のメニューとして、ベジドッグ、プラントベースソフトアイスを相次いで発売。2020年には、プラントラーメン(日本のみ)、イケアの大人気商品をプラントベースで再現した「プラントボール」、そして2021年はプラントベースのひき肉の販売を開始した。
プラントベースフードというと、導入が進む海外でも、従来の動物性原料を用いたものに比して、未だ価格が高いのが一般的。そのため幅広い層には手が届きにくい。それに対してイケア・ジャパンの親会社であるIngkaグループでは、日本を含むすべてのマーケットにおいて、2022年10月より、肉由来の食品と同等もしくはそれ以下の価格で植物由来の食品提供を開始している。イケア・ジャパンではすでに世界のマーケットに先駆けて取り組んできた。
例えば、日本では顧客の大半が注文するというスウェーデンレストランのミートボールは「8個790円」に対し、プラントボールは「8個490円」で提供されている。「これはイケアだけの努力でできることではなく、メーカーさま、サプライヤーさま、従業員も含めて、『なぜ、イケアがプラントベースを提供するのか』、その価値観を共有できているから」(同)
日本でプラントボールを選ぶ顧客の比率は30%を超えており、世界一だという。
重視するのは客数ではなく満足度
プラントベースの購入比率が高いというのも日本のフード事業の特徴だ。
「日本ではヴィーガンは2%程度、ベジタリアンは10%にも満たない。それにもかかわらずイケア店舗のある32カ国中でいちばん高い数字になっている」(同)
イケアフードを目的に来店する人の割合が高い日本の店舗は、いきおい食を通じた従業員との接点が多くなる。佐川氏は「その場を通して、お客さまに、プラントベースを重視する理由やそこに対する思いが伝わっているからではないか」と言う。
「ヴィーガンやベジタリアンになる必要はない。フレキシタリアン(週に何度かは、肉や魚の代わりにプラントベースを食べる)でも、クライマタリアン(二酸化炭素をはじめとする温室効果ガス排出量に意識した新しい食生活を心がける)でもいい。そうすることで、地球や自然にやさしく、自身の健康にもつながる、ということを、お客さまに知ってもらいたい」(同)
イケア・ジャパンでは、2025年までに、プラントボールとミートボールの注文の割合を50:50にするという目標を立てている。
今回のコロナ禍を経験し、イケアグループ内では、いくつかの変化が生まれた。ひとつは、とくに家具の販売について、オムニチャネル化が進んだこと。それに付随して、これまで顧客からの支持を測るものとして「来店客数」を見ていたが、それを「どれくらいの顧客が、(リアルか、ネットかを問わず)イケアでの体験に対して満足してくれたか」を重視するようになった。
今後、流通小売業の世界ではオムニチャネル化はどんどん進んで行く。そのなかでますます大事になってくるのは、「カスタマーミーティングポイント」(=実店舗の活用)であり、リアルの接点を通じて、いかに顧客を満足させ、再来店を促すことができるかだ。「フード事業を通してどれだけ貢献できるか。当面、そこに集中していきたい」(同)