「革新は辺境から」──。北の大地から食品スーパー(SM)の変革に挑むアークス。ユニバース(青森県/三浦紘一社長)との経営統合で誕生した“新生アークス”を今後、どう舵取りしていくのか、また、これまでのM&A(合併・買収)戦略に変化はあるのか──。アークスを率いる横山清社長に聞いた。
経営統合のきっかけはニュージーランド視察旅行
──ユニバースとの経営統合はSM業界に大きな衝撃を与えました。ある程度、予測していましたか。
横山 いいえ、これほど大きくなるとは思っていませんでした。これまでのSMの業界再編の図式というのは、大手が中小を買収したり、中小同士が連携したりするのが主流でしたが、われわれの場合はどちらでもない。そういう点で意外性があったのでしょう。
また、北海道と青森県という地理的な違いもあるし、三浦さんと私は性格的に水と油みたいに見られていましたから、その点も予想外だったのでしょうね。
──本州進出は以前から考えていたのですか。
横山 そういう考えを持っていたわけではないし、今でも本州に進出したとは思っていません。スーパーリージョナルといえる北海道では、やらなければいけないことがまだ残っていますから、全国に版図を広げる考えはありませんでした。
16年ほど前から、フィンランドの名誉領事をしているのですが、この国は北海道の3倍の広さがあり、人口は520万人で北海道よりも少ない。そこに、売上5000億円以上の流通関連企業が2社あります。ですから、北海道にそういう企業がないこと自体がおかしいし、可能性は十分あると思います。ただ結果的に、それが本州の企業と手を組むことにつながるかもしれないとは思っていました。
──ユニバースに話を持ちかけられたのは横山社長ですよね。
横山 私から仕掛けたように見られていますが、仕掛けるという考え方はまったくありませんよ。
3年前の08年、CGC設立35周年記念のニュージーランド視察旅行で、ご一緒した原信ナルスホールディングス(新潟県/原和彦社長)の創業者の故・原信一さんが「横山さんと手を組めば、革新的なことができるだろう」と話された。「だけど、(北海道と新潟県では)ちょっと離れ過ぎている」と答えると、原さんは「北海道と新潟の間にユニバースがある。三浦さんとは気が合うから、話をしたら、(3社で)つながるのではないか」と言われた。それで、三浦さんに話をしたのです。
そうしたら、原さんが08年5月に亡くなられて、この話は立ち消えになりました。ところが、10年初めに再び三浦さんと会って以降、話が急に進んでいきました。暮れには話がまとまり、今年3月11日のCGC総会の翌日に大筋を決めることにしていたのですが、東日本大地震が起こった。それは大変でした。千年に一度の大地震のときに同じ場所にいて、翌日大筋が決まり、4月13日に機関決定し、6月29日の発表に至ったわけです。
精神論では戦っていけない時代に
──SM市場は過当競争が続いています。今のSM市場をどう見ていますか。
横山 SMのマーケットは大きいのですが、ある意味ではニッチマーケットでもあります。というのも、ほとんど主要なエリアは大手が押さえている。自己卑下しすぎる表現かもしれませんが、われわれは落ち穂拾いみたいなことをしている。百貨店の何倍ものマーケットがあるのに、SMは落ち穂拾いどころか、それ以前の草刈り場になっているような状況です。
20年ほど前なら、一生懸命に商人道を貫けばお客さまに支持してもらえるし、大手にも負けることはない、という精神論が生きていました。しかし、今はこの精神だけではどうしようもない。その意味では、やりにくさも残していながら、最も具体的で、最もわかりやすいアークス方式が有効になってくる。このアークス方式が今、新しい段階を迎えているのです。成否は努力と運の両輪で決まります。ゼロからの出発、エンデバー(努力)ですね。
全国的に限界集落が増えてくる中で、どういう役割を果たすかは、長期的にではなく短期的に迫られています。10年も経てばガラリと変わりますよ。いや実際もう変わっていますからね。
企業規模が大きいからといって、安泰でもなんでもないのは百も承知ですが、やはり小さくてはどうしようもない面がある。安売り競争には参戦せずに、ひたすら真面目にお客さまのために、よい商品をよいサービスで提供すれば、多少高くても買ってもらえるといったことに逃げ込む経営者がいるわけです。それはそれでいいのだけれども、これも続かないことははっきりしています。
──SM業界の再編は避けられないということですか。
横山 3月の東日本大震災で、これまでSM企業が潜在的に抱えていた地域性の問題、企業規模の問題、後継者の問題が顕在化しました。年明けからは、企業内の矛盾や組織上の問題などが露になり、業界再編が加速するでしょう。
ユニバースのアークス入りで売上は4000億円を超えますが、けっして大きな数字ではありません。けれども、これは数字の大きさではないのです。一つの完成形と未来性が相まって、新しいものをつくりあげていく。「革新は辺境から」とよく言われます。流通業界の今日的な革新は、大げさに言えばアークスとユニバースの経営統合がその象徴になるでしょう。
──アークスの今後のM&Aでは、一定規模以上の企業を取り込むことになるのでしょうか。
横山 取り込むというのか、飛び込まれるというのか、手をつなぐというのか。いずれにしても、売上1000億円、2000億円という企業がたくさんあるわけではないので、やはり300億円くらいの売上規模を持ちながら、いろんな課題を抱えて規模を維持できないといった企業になるでしょう。
かりに、われわれと競争関係にある企業であっても、それはまた時の流れがあって、合従連衡があるかもしれない。何かのきっかけで、マーケットはがらりと変わります。ライバル関係にあって手を組めないとしても、条件を調整すればいいことです。
中小企業体質を持ち続けざるを得ないのがSM
──アークスの会長にユニバースの三浦社長、副会長に福原の福原朋治社長が就かれました。
横山 福原さんは「降りてもいいよ」とおっしゃったのですが、三浦さんが「福原さんも入れたほうがいいのではないか」ということで、3人代表制になりました。ダメだったら修正して前へ進めばいいのでね。今の政治のように足の引っ張り合いをしていたら、経営統合の効果どころか、生き延びられるはずがありません。
──八ヶ岳連峰経営を標榜されていますが、一つに合併したほうが統合効果も出やすいのではありませんか。
横山 みなさんそう思っていますが、みなさんが思っているようにすると失敗してしまうものです。
一つにするというのはどういうことなのか。本当に一つにすると一心同体になるわけですが、一方で異体同心という言葉があります。異体というのは各社がそれぞれあるということ、同心というのはマインドもそうですが、ITもそうですね。けっして名前を一つにすることではなく、実質的に一つにする方法論を考えていくことが大事なのです。
各社の経営資源も違いますし、運営技術も違う。それを調整しながら、マルチバナー(複数の屋号)で、志やシステムを一つに、顧客中心主義で利益をしっかり出して前に進んでいくということです。ITを駆使するにしても、人間の本来の習性を肌に感じながらやっていく必要があります。どんなに大きくなっても、中小零細企業の体質を、いい意味でも悪い意味でももち続けざるを得ないのが、食品小売業ですからね。
でも規模が大きくなって、てんでバラバラではしょうがない。八ヶ岳の山は動かないけれども、企業は動いています。だから、「センチペイド・マネジメント」と言っています。要するに「ムカデ経営」。たとえば、仲間が佐渡島にもいれば、奥尻島にもいる、そんな形でそれぞれが動いているような経営です。
──人事や総務などを集約化するシェアードサービスの方向を打ち出されました。グループ経営は変わるのですか。
横山 まだ正式にスタートラインには立っていませんが、ユニバースとの経営統合前のアークスではすでに認知されています。ユニバースとの経営統合で発足した新アークスとして改めて見直しますが、これからの大きな課題です。
というより、そもそもシェアードサービスというのはいったい何なのかというところから始める必要があります。大きくなるとグループに遠心力が働くようになる。遠心力で吹き飛ばされるような仕組みでは何にもならないわけで、これをどう乗り越えていくかです。役割分担もあるけれども、共鳴しあうようなフィールドができている、M&A(Merger&Acquisition)ならぬ、「Mind(心)&Agreement(意見の一致)」が重要だと考えています。
三菱商事と三井物産から人材を招く
──「業務改革室」と「社長室」を設け、室長にそれぞれ三菱商事と三井物産から人材を招聘されました。
横山 われわれのやっていることが決して満足できる状況にないということで、三菱商事に一番優秀な人を出してくれないかとお願いしたのです。会社はいろいろな問題を抱えています。業務改革室の役割は、会社の問題を解決する「よろず相談解決係」とでも言ったらいいでしょう。
加えて、従来の「秘書室」を「社長室」に変更して、三井物産からも人材を受け入れています。こちらにも、三井物産で最も優秀な人材を派遣してもらいました。
両社を競わせているのではないかという見方もあります。それは競うといえば競うことになるかもしれませんが、三菱商事には株を少し保有していただいていても資本提携しているわけでもないですし、まして三井物産の保有株はゼロです。
両社は、SMの業界再編が加速し、質も量も劇的な変化を遂げるという見通しなのでしょう。日本の流通の川下から川上までしっかり観察して、日本経済に寄与しようということではないでしょうか。
直接、間接に両社とは取引関係にありますが、そういう諸事情が結晶化したということです。
日本を代表する総合商社のやがては役員という幹部がSMの手伝いをするというのは、今までにないことでしょう。磁石のN極とS極なのか、N極とN極なのか、はたまたマグネットの効果が消えてしまうのか。どんなシナジーが出るのかわかりませんが、期待しています。
また、商社機能は多彩で、投資先からリターンを得る場合もあれば、事業を直接手がけることもあるし、販路を広げるための基盤づくりというのもあります。その機能を十分に生かして、手伝ってもらうだけでなく、しっかりと手を組む場合も出てくるでしょう。
──道内は新規出店余地が少なくなってきています。成長戦略についてはどう考えていますか。
横山 道内の食品小売業の中で、アークスのシェアはまだ15%です。北海道の人口は550万人ですが、日本の国土の約22%も占めています。経営するうえでは極めて効率が悪い。規模の小さい企業はなおさらです。30年後に道内人口は100万人減少すると言われています。そういう環境を乗り越えるようなオペレーションをつくり上げるとすれば、われわれしかないだろうと思っています。
札幌市近郊は賃料も高く、妥協して店舗をつくってきたようなところがありましたが、これからは効率の悪い店舗は多少コストをかけても整備していかないと後れを取ってしまいます。
この基本スキームをどうつくるか、これからの課題です。人口が減って、縮小拡大の中で、最適条件の店につくりなおしていくという点からいえば、立地は無限にあるはずです。無限と言ったら言いすぎですが、まあかなりある。次のステップはそこだと思います。
そのときには、新たな資本構築が必要になってくるでしょう。それは今、大手がやっていることとも違うし、われわれがやってきたこととも違う。具体的に何かというのは、私もこうだと言い切れないですけれども、これまでと同じ手法では難しいということは間違いないので、いろいろなことを模索しています。そのために、商社から招聘した人材の知恵も力も借りようと思っています。