門外不出のSPAプラットフォームを開放した真意とは?
国内アパレル最大手のワールド(兵庫県/鈴木信輝社長)。実は近年、ホテル、スイーツ、レストランなど異業種へのコンサルティングにも力を入れていることをご存じだろうか。同社が1990年代に開発した独自のSPA(製造小売)のノウハウを、空間設計から接客販売、在庫ロス削減に至るまでのソルーションの提供に活用しているのだ。同社の代名詞でもあり門外不出とされたSPAの仕組み=プラットフォームを、なぜ開放するに至ったのか。「ワールドプラットフォームサービス」を展開するプラットフォーム事業推進室長の飯田恭一氏に話を聞いた。
ワールド独自のSPAノウハウをシェア
しまなみブルーを基調とした内装。瀬戸内の魅力を体験できるラウンジ。サイクリストが自転車をそのまま持ち込めるルームフロア。2021年9月、愛媛県今治市にオープンしたホテル「JRクレメントイン今治」の館内は、高級セレクトショップを思わせるスタイリッシュな空間が演出され、サイクリストの聖地・しまなみ海道を訪れる観光客にも好評だ。
このホテルの空間設計とグラフィックデザインを手がけたのはワールド。「アンタイトル」「インディヴィ」をはじめ多くのブランドを展開する、言わずと知れた国内最大手アパレル企業だ。
アパレルの生産から調達、MD、売場設計、販売までの全プロセスをワンストップ化し、垂直統合したワールド独自のSPAプラットフォームを、コンサルティングビジネスの形で外部に開放したのが同社の「ワールドプラットフォームサービス」である。
「私たちが約30年にわたって築き上げてきたSPAのノウハウや人材を、いわば他の企業と『シェア』するシステム。店舗づくりからサービスの実現、コスト削減まで、利益をつくる店舗づくりに向けたソリューションを提供している」。2015年にこのプラットフォームビジネスを立ち上げ、同社のコンサルティングチームを率いるプラットフォーム事業推進室の室長 飯田 恭一氏は話す。
通常のコンサルとの違いは「実現力」
洋菓子の「ゴディバ」「シャトレーゼ」、ライフスタイルショップの「田ノ実」(仏壇・仏具業界最大手はせがわの新会社が運営)など、飯田氏が推進するプラットフォームサービスを提供した企業数は、直近1年でグループ各社が主体的に成果を挙げ、1,300社以上に上る。その数もさることながら、目を引くのは業界の多種多様さだ。
「クライアントの7割以上が異業種。特に食品、レストラン、ホテルが多い」(同)。
これまでアパレルブランドを中心に多数の店舗開発・運営を自社で行ってきたワールド。アパレル企業ならではの感度の高い店舗設計や高品質な接客応対のノウハウは、飲食やホテルなどの異業種とも高い親和性があり、アパレルの枠を超えてスタイリッシュな店舗を次々に生み出している。
チョコレートなど菓子製造・販売の「ゴディバ」も、ワールドのノウハウに信頼を寄せる企業の一つ。国内にある約360店舗のうち36店舗の運営を同社に委託しており(2021年12月現在)、その数は今後も増える見込みだ。アパレル小売の現場で培った応対接客や店内スタイリングなどのノウハウが、高級チョコレート売場に新たな価値をもたらしている。
「私たちが通常のコンサルティングと決定的に異なるのは『実現力』」と飯田氏は強調する。
「コンサルティングファームなどではソリューションを提供しても、それを実行するのはクライアント側。一方で、私たちにはこれまで自社で多くの店舗を設計、運営し、失敗と成功を重ねながら内製化してきたノウハウがある。その『生きたノウハウ』があるからこそ、机上のソリューションだけでなく、開店後の店舗運営までフォローすることができる」(同)。
「小売産業全体を元気にしたい」 門外不出のノウハウ開放を決断
前代表の寺井秀藏氏が1990年代に開発し、確立したワールド独自のSPAプラットフォームは、約30年にわたって築き上げてきた同社の代名詞であり、ビジネスの心臓部とも言えるものだ。これまでは門外不出とされてきたそのノウハウを、プラットフォームサービスとして開放することを決断した背景には、長年にわたるアパレル業界の成長性の変化があった。
「百貨店やショッピングセンターに出店しているのは、もちろん当社だけではない。アパレル産業、ひいては小売業全体が元気になり、売り場が活性化していかないと当社としても成長曲線を描いていけないとの危機感があった」(飯田氏)。
加えて、近年における消費行動・ライフスタイルの変化も、プラットフォーム事業に注力する要因の一つだ。
「ECの普及などに伴い消費行動が大きく変化したことも、当社を含め、リアルでの接客販売を軸とする多くの小売業にとっては脅威となっていた。その点でも、プラットフォーム事業を新たな成長ドライバーとして確立する必要があった」(同)。
折しも、2020年からは新型コロナウイルスの影響で、ライフスタイルの変化とともにEC市場が大きく成長。D2Cブランドも次々に台頭し、小売業界は大きな転換期を迎えている。同社のプラットフォーム立ち上げ時には予見できなかったことだが、結果として「アパレル一本」からの脱却を図ろうとしたその判断は正しかったといえるだろう。
ワールドはもはやアパレルではない
このSPAのプラットフォーム事業を推進する上で、もう一つ欠くことのできない同社のリソースがある。SPAの実践経験を積み重ねてきた「人材」だ。自身も「ITS’DEMO(イッツデモ)」をはじめ多くの新規ブランド開発に携わってきた飯田氏は言う。
「高価格帯のセレクトショップから、Tシャツ一枚が2,000円を下回るようなブランドまで、さまざまな業態で新規事業開発の経験を積んだ社員が同社のコンサルティングチームには集まっている。この事業経験を持った人材なくして、実現性の高いコンサルティングはできない」(同)。
ワールドグループ全体でも、今後はこのプラットフォーム事業を成長させるべく、新規事業開発を通じてSPAのすべてのプロセスを経験した人材の育成に注力していく方針だ。その実践経験を積んだ人材がプラットフォーム事業でコンサルティングに従事し、また自社の事業開発に携わる——。この循環を回しながら、プラットフォーム事業の組織体制に厚みを増していく。
2020年度はコロナ禍の影響を大きく受けながらも、約150億円の売上を達成したワールドのプラットフォーム事業。「ここから200億円、300億円とさらに成長していきたい」と飯田氏は力を込める。2021年9月には外販営業チームも発足し、攻勢を強めるかまえだ。
「誤解を恐れずに言うと、ワールドはもはやアパレル企業ではない。これまで30年間築き上げてきたSPAのノウハウにさらに磨きをかけながら、小売産業全体を元気にできるよう、多くの企業さまを支援していきたい」(同)。
グランピング施設、道の駅、スポーツジム…。リアルな顧客体験が生まれる「場」であれば、ワールドのSPAノウハウを横展開できる可能性は大きい。同社のプラットフォーム事業は、今後もさらなる広がりが期待できそうだ。