音楽業界、あの手この手の悪戦苦闘
音楽業界は成熟化の途を辿っている。大ヒット曲がない。新しいカリスマが出てこない。レンタル店が全国に進出したことやパソコンによる複製、インターネット配信なども一因だろう。
しかし根本的な要因は「新しい旋律」が生まれにくくなっていることだとも言われている。グレゴリオ聖歌から現代にいたるまでに、人間は音の組み合わせをすべて使い切ったという説があるほどだ。それというのも、いまや音楽シーンの主役はシンガーソングライターであり、楽器類の発達は、誰もが簡単に楽曲を創作できる環境をつくり、日々、音の組み合わせが消費されていくためだ。
また、私事で言うなら、大抵のTPO(time、place、occasion)にふさわしい楽曲が自分の“記憶の棚”に入っており、もう新曲を収納する空きスペースがない。
たとえば、「卒業」というテーマであれば、『Sound of Silence』(サイモンとガーファンクル)、『St.Elmos Fire』(デビッド・フォスター)、『卒業』(尾崎豊)、『卒業』(渡辺美里)、『卒業』(斉藤由貴)、『贈る言葉』(海援隊)、『春なのに』(柏原芳恵)などの歌があれば事足りてしまう。それらを凌駕するだけの名曲がリリースされれば、何とかスペースをつくり押し込むこともできるが、なかなかそこまでの歌は現れないし、「卒業」の感傷にふける時間ももはや3年に一度あるかどうかだ。
厳しい状況に直面する中で音楽業界は、マーケティング色を強め、「クリスマス(イヴ)」、「サクラ」、「サラリーマンの悲哀」といったコンセプトありきの楽曲を“生産”することで苦境打開を図っている。
けれども、そんな音楽業界に対して、用心深くなり、以前ほど、手放しで新曲を楽しめなくなってしまっているリスナーは案外少なくないのではないか。
ならばとばかりに、音楽業界は「カバーバージョン」や「ベスト版」をせっせと製作することで、“記憶の棚”に新たなスペースを創り出すことに努め、糊口を凌ごうとしている。
こんな風に、悪戦苦闘連続の音楽業界ではあるが、競合対策としての低価格訴求のみを繰り広げ、需要創造を怠っている小売業界と比較するとずいぶん好感が持てる。
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