第121回 「人手不足」は問題なのか? SCが考えなければならない対策とは
いま、ショッピングセンター業界では人手不足が深刻化している。労働集約的な小売業、飲食業、サービス業が集積するショッピングセンターにおいて、働き手の確保は喫緊の課題である。近年では、スタッフが集まらないことを理由に出店を断念するケースや、出店計画そのものを見送るケースも少なくない。この背景には、我が国における人口減少と少子高齢化という避けがたい現実がある。だが、こうした状況に対して「人手不足は問題だ」と言い続けることが、果たして本質的な対応と言えるのだろうか。今回は、「いま本当に人手不足なのか」、そして「人手不足は問題なのか」の2点から冷静に考察したい。
出生数の激減が示す不可逆な労働力の縮小
子どもの出生数は年々減少し、そのスピードは国の想定を上回っている。かつて団塊ジュニア世代では年間200万人が誕生していたが、現在はおよそ70万人と、3分の1にまで減少している(図表1)。このように労働力人口の縮小は避けられず、ソローの生産関数 Y = A × F(K, L) に照らしても、きわめて深刻な問題である。国家政策の最上位に位置づけられるべき課題であるにもかかわらず、現実には減少傾向が止まる兆しは見えていない。

出生数の低下と高齢化による死亡数の増加により、日本の人口減少は加速している。24年には人口が55万人減少しており、これは県単位に匹敵する規模だ。今後は毎年1県ずつ消えていくようなスピードで進行する。

こうした背景もあり、報道などでは「生産年齢人口の推移グラフ」(図表2)が頻繁に示される。過去から現在、さらには将来推計を加えたこのグラフは、急速な減少を可視化するものであり、「働き手がいない」「働き手は減っている」と感じるのも無理はないだろう。
実は増えている?労働人口の真実
では、実際に「働き手がいない」「減っている」という認識は、事実に即しているのだろうか。実はそうではない。労働人口(就業者+完全失業者)は、近年むしろ増加傾向にある(図表3)。その要因は、女性の社会進出と高齢者の就業率の上昇にある。

つまり、「働き手が減っている」という印象は、出生数や将来推計といったマクロな人口データに基づくものであり、現在の労働供給の実態とは必ずしも一致していない。いま働く人の絶対数は減っておらず、「人手不足=人がいない」という前提は、統計的にも正確ではない。
ショッピングセンターの“対症療法”は限界に近い
とはいえ、ショッピングセンターの現場では人手不足を実感する場面が多いのも事実だ。SC業界団体では、定期的なアンケート調査を通じて実態を把握し、ES宣言や働き方改革の推進、各施設による営業時間の見直し、スタッフ募集支援、研修制度の導入など、多面的な対策が進められている。
SCに集まる店舗の多くは、営業時間が長く、年中無休での営業を基本とする。そのため、長時間労働が常態化しやすい構造にある。一方で、賃金水準(時給)は長期的な低成長を反映した水準にとどまり、加えて、カスタマーハラスメントへの対処も現場の大きな負担となっている。こうした要因が重なり、店舗で働くという選択肢が若年層や転職希望者にとって魅力的でなくなっている可能性がある。
「人手不足が問題だ」と言うこと自体が問題
前述のとおり、労働人口自体は増加しているにもかかわらず、ショッピングセンターで働く人が減少しているのは、勤務条件に起因する“逆選別”の可能性が高い。長時間労働、立ち仕事、比較的低い賃金水準といった職場環境に対して、就業希望者が慎重な姿勢を取っていると考えられる。
「やりがい」といった精神的充足も大切ではあるが、心身への負担と収入とのバランスが取れなければ、職業選択として敬遠されるのは自然なことだ。逆選別を避けるためには、職場環境の早急な見直しが不可欠であり、働き手が定着する条件整備こそが「人手不足」解消の鍵となる。
ここであらためて問い直したいのは、「人を集めれば以前のような店舗運営が可能になるのか」という点である。結論から言えば、それは現実的ではない。
現在の50代が生まれた世代は年間200万人規模だったが、今の若年層は約70万人しかいない。数の論理として、かつての人員体制を維持するのは困難だ。どれほど施策を講じたとしても、労働力の絶対数が減少していくことは避けられない。
この前提を無視したまま「人手不足は問題だ」と繰り返すことこそが、構造的には最大の問題である。いま求められているのは、「人が不足しても困らない体制」への転換であり、人手不足そのものを問題視し続ける思考から脱却することが問われている。
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