店舗DXを着実に前進させている東急ストア、今後の戦略とは
電鉄系食品スーパー(SM)最大手の東急ストア(東京都/大堀左千夫社長)はこれまで着実に店舗のデジタル・トランスフォーメーション(DX)に取り組んできた1社だ。需要予測発注やAI値引きシステム、電子棚札など、導入した施策は多岐にわたる。そんな同社のDXの現在地と、施策推進のうえで要所となったこと、さらに今後のDX戦略の方向性について取材した。
人手不足を見据え店舗の効率化を優先
東急ストアは2021年より社内で「DX推進プロジェクト」を立ち上げ、社長直轄の体制のもとDXに取り組んできた。プロジェクト開始時はまず、既存業務の効率化によって生産性向上をめざす「守りのDX」を中心に推進。近年は競争力の強化に向けた「攻めのDX」と言える試みにも着手し始めている。
そんな東急ストアのDX戦略の方針は「顧客の利便性向上」「従業員の生産性向上」「事業継続のための基盤構築」「SDGs(持続可能な開発目標)への寄与」の4つの軸で構成される。
なかでも現在、優先的に進めるのが「従業員の生産性向上」だ。年々上昇する労働コストや人口減を背景に、慢性的な人手不足に陥るなか店舗も疲弊しつつある。近い将来、店舗運営や本社機能が立ち行かなくなる可能性も見据え、生産性向上を喫緊の課題と捉えている。
同社DX戦略部長の吉田亮氏は「従業員満足なくして顧客満足は実現できない。業務効率化による生産性向上と従業員の働き方改革に本腰を入れて取り組む」と説明する。
たとえば最近、推進している施策の1つが、無人決済店舗の出店だ。出店競争の激化で賃料が高騰し物件数も限られるなか、新規出店のハードルは年々高まっている。
そうしたなかTOUCH TO GO(東京都/阿久津智紀社長)が開発した、無人決済システム「TTG-SENSE MICRO」を活用し、決済を無人化することで店舗運営コストを低減し、小型店でも採算のとれる店舗モデルを開発。従業員休憩室やオフィス内などの立地に計3店舗を展開している。
電子棚札を全店導入へ、決め手は従業員の声
さまざまなDX施策を推進中の東急ストアだが、そんな同社が直面した問題があった。店舗のネットワーク環境の整備だ。従来の通信環境は脆弱で、需要予測発注などのシステムを導入しても発注端末がつながりにくいなどの支障が生じるようになった。こうした状況では今後、さらに通信を必要とする新たなDX施策も検討されるなか、効果が発揮できない可能性が懸念された。
そこで東急ストアでは、今後およそ半年間でネットワーク環境の増強を全店舗で実施する。地味な施策に見えるかもしれないが、東急ストアの約90店全店への設備投資は数億円規模になる。同社DX戦略部課長の福冨渉氏は「まずはDXを進められる環境を整備しなければ何も着手できない。この基盤を生かし、店舗のDXを今後さらに加速させたい」と述べている。
足元のDX施策の進捗については、21年から検証してきた電子棚札を全店舗へ実装することを決めた。「中目黒本店」(東京都目黒区)をはじめ複数店で検証を進めてきた結果、労働力削減効果を人件費換算すると十分な投資価値があるとして踏み切った。
吉田氏は「投資効果を判断するには、やはり既存店で検証することが重要」と指摘する。当初は、改装店や新店に導入してきたが、導入前後の純粋な効果検証を見極めるのが難しかった。
そこで23年2月、既存店の「中山店」(神奈川県横浜市)に初めて電子棚札を導入。結果、従業員の作業時間を、1カ月で300時間、年間3600時間削減できることがわかった。
全店導入に踏み切るには、店舗の従業員から寄せられた「声」も後押しとなった。東急ストアでは大堀左千夫社長の方針により23年から定期的に、店舗のパートナー社員同士および役員とのコミュニケーションを図る場として全店のパートナー社員が集う「パートナー社員ランチ会」を実施している。その際に、導入店舗に勤めるパートナー社員から、電子棚札の効果を実感している声が多く上がったのだ。今後3年かけて残りの約70店でも導入し全店での実装をめざす。
AI予測を現場が修正…DX戦略部が行ったこと
SM各社で導入が進む需要予測発注システムについても、東急ストアは19年から活用を進めてきた。23年には鮮魚部門でも導入され、全部門での実装が完了した。同システムを導入した結果、部門によっては発注作業時間を約50%削減できているという。それだけでなく、導入後半年ほど運用すると過剰発注や欠品が減少する効果が出ており、廃棄量や販売機会ロスの削減、適正量の生産促進などにもつながっている。
AIを活用した商品値引きの最適化もすでに取り入れている。リアルタイム在庫機能を応用し、総菜の在庫データとAIによる需要予測発注の仕組みを連携。その日の天候や店舗ごとの商圏環境などの条件から客数を予測し、値引きのタイミングを単品ごとに最適化している。
こうした予測システムの定着には課題もあった。機械で需要予測したデータを現場担当者が長時間かけて修正しているという報告が複数の店舗から上がったのだ。責任感を持って売場をマネジメントしているがゆえに機械の予測のズレが気になってしまうのだ。しかしそうすると、現場の作業削減効果は低減されてしまうほか、機械の学習機会も損なわれる。
そこで吉田氏は一部店舗において、人的な修正を一切加えず、純粋な需要予測結果で発注を行うという実証実験に取り組んだ。過剰発注や欠品はすべてDX戦略部が責任を持つとして2カ月ほど取り組んだ結果、実施店舗からそれらのクレームは今のところないという。
吉田氏は「店舗のDXを図っていくためには、店舗の従業員のDXの理解を深めることや、従来の思考からの転換を図ることが重要」と述べる。こうした方針のもと東急ストアでは店舗の従業員と対話を図りながらDXを推進している。
自社アプリを起点としたCX向上施策を構想中
東急ストアの今後のDX施策については、3カ年で重点的に取り組む施策に、顧客体験(カスタマーエクスペリエンス:CX)向上のための自社アプリの導入や、AIを活用した業務効率化などを挙げている。
CXの向上では、22年5月には東急グループの共通ポイント「TOKYUPOINT」および「楽天ポイントカード」をLINEアプリ上で表示できる「TOKYUPOINT CARD on LINE」サービスを開始したほか、各種キャッシュレス決済サービスを導入するなど、レジ周りを中心とした施策に取り組んでいる。
今後はCX向上の中心接点とするべく自社アプリ開発の検討を進める。23年に社長室の下に新設された組織「CX推進準備」とともに、買物前後を含めていかに顧客接点を持ち関係強化を図っていくのか、設計思想の段階から取り組んでいる。
AIを活用した業務効率化では、品切れやレジ混雑の防止対策などの営業支援に加え、ラベル表示違いや万引き対策などのリスクマネジメント対応への活用に向けて準備を行っている。さらに、生成AIを活用した、本社やプロセスセンターなどのバックオフィスの業務効率化も開始する。すでにAIによる議事録作成や従業員向けのチャットボットの実装が検討されており、いずれも昨年から試験運用の段階にある。
吉田氏は「とくにバックオフィス関連はDX推進によって従来の2~3割程度の作業削減効果の創出をめざし、従業員にはより付加価値を生む仕事に従事できる環境を整備したい」と語る。
この現実のためには単独の施策で得られる効果は限定的で、「守り」から「攻め」のDX施策まで総合的に進める必要がある。東急ストアはDX戦略部をけん引役に全社一丸となってこれに挑戦していく考えだ。
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