コカ・コーラとマリオットが挑む マーケティング×AI

酒井真弓

収益6倍の裏に、ある地道な改善

 2日目の基調講演には、マリオット・インターナショナルVP兼マーケティングオーケストレーション担当グローバルヘッドのヒラリー・クック氏が登壇した。世界197カ国に9500以上のホテルを展開し、2億2000万人以上の会員を抱えるマリオットはどのようにして目標収益の6倍を達成したのか。

マリオット・インターナショナルVP兼マーケティングオーケストレーション担当グローバルヘッドのヒラリー・クック氏
マリオット・インターナショナルVP兼マーケティングオーケストレーション担当グローバルヘッドのヒラリー・クック氏

 27年に創業100周年を迎える同社のマーケティングインフラの多くは、一方通行のダイレクトメールが主流だった時代に設計されたもので、多チャネル、リアルタイム、パーソナライズが当たり前の現代とは根本的に相容れない構造だった。

 しかし、クック氏は「最大の障壁は古くて融通の利かないシステムではなく、私たちの組織の在り方や業務プロセスにあった」と断言。システムを刷新する前に、この4つから始めた。

❶プロセスフローの文書化:実際の業務の流れを「見える化」

❷データソースの追跡:元データまで遡さかのぼり、情報の信頼性を確保

❸実装ユースケースの文書化:新システム導入時の使い方を記録

❹責任の所在の明確化:業務責任者を特定

 自社の現状を見える化すると、驚くべき事実が明らかになった。マーケティング施策を企画してから実施するまでに平均90日もかかり、その間に349もの作業ステップがあった。45もの別々のプロセスが互いに依存し合っていたにもかかわらず、各チームは他のプロセスとの関連性を把握していなかった。

 最も驚いたのは、43種類の成果物や文書のうち、実に41種類が何らかのかたちで内容が重複していたこと。AIはこうした長年の問題を差し置いて一気にすべて解決してくれる魔法の杖ではない。だからこそ、クック氏は複雑に絡まった糸をほぐすことから始めたのだ。

顧客体験を最大化する

 一見地味な改善で成果を挙げたクック氏は、その後、経営層の支援を得て「MAPA(Marketing and Personalization Accelerator)」という戦略的イニシアチブを立ち上げた。

 マーケティングの在り方を根本から再構築するこの取り組みでは、顧客データ統合、コンテンツ制作効率化、複数チャネル管理に加え、Adobe製品を活用し、多チャネル・リアルタイム・パーソナライズに対応できる基盤を整備した。

 これにより、45の分断されたプロセスが1つの統合フローに。顧客データの一元的なビューが全社で共有可能になった。キャンペーンコンテンツの更新から市場投入までのスピードが92.5%向上し、収益は当初目標の6倍を達成した。

 クック氏は、「マーケターがリアルタイムで自分の運命を変えられるようになった」ととらえている。以前はキャンペーン開始から結果が出るまでただただ待つしかなかったものが、現在ではデータをリアルタイムで確認し、その場で改善までできるようになった。

 コカ・コーラのクインシー氏、マリオットのクック氏ともに、AIそのものより、それを使う目的や企業価値の本質に立ち返る大切さを示唆している。まずは自社の存在意義、そして基本の「キ」がきちんとできているかに目を向けると、意外なボトルネックに気付けるかもしれない。

酒井真弓(さかい・まゆみ)
●ノンフィクションライター。IT系ニュースサイトのアイティメディア(株)で情報システム部、イベント企画を経て、2018年フリーに転向。広報、イベント企画、コミュニティ運営、イベントや動画等のファシリテーターとして活動しながら、民間企業から行政まで取材・記事執筆に奔走している。日本初Google Cloud公式エンタープライズユーザー会「Jagu’e’r(ジャガー)」のアンバサダー。著書に『なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか』(ダイヤモンド社)、『ルポ 日本のDX最前線』(集英社インターナショナル)など

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