KDDI(東京都/髙橋誠社長)がアパレル業界のサステナブルなものづくりを支援する取り組みを進めている。店舗のデジタルサイネージ(電子看板)やスマートフォンなどで、モデルが着用した商品の高精細なイメージを360度好きな角度から確認できるXR(クロスリアリティ)マネキンを開発。店舗スペースの有効活用や店頭在庫がない商品の販売機会を増やすとともに、余剰在庫の抑制につながることから期待が高まっている。XRマネキンとはどのようなものなのか、そして何ができるのか。5G・XRサービス企画開発部 サービス・プロダクト企画1Gの水田修リーダー、藤倉皓平氏に話を聞いた。
KDDI×Google Cloudの技術により、素材の編地までわかる「XRマネキン」
アパレル業界は今、大量生産、大量消費、余剰在庫など業界特有の課題を解決すべく、製販バランスを考えた取り組みを加速させている。アパレル業界のサステナブルなものづくりを、Google Cloudの「Immersive Stream for XR」という技術を使ったソリューションによって支援しようと動き出したのが、KDDIのクリエイティブチーム「au VISION STUDIO」だ。
開発したのは、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)などのXR技術を活用したXRマネキンである。消費者は、店舗のデジタルサイネージ(電子看板)や手元のスマートフォンなどで、モデルが着用した商品の高精細なイメージを360度好きな角度から確認できる。
最大の特徴は、表示するデバイスのスペックに依存せず、素材感や布の動きまでをリアルに再現できる点だ。EC化の進展によりバーチャルで商品を表示するサービスは拡がりつつあるが、動きのある3Dを表現するとなると、スマートフォンの機種やスペックによってはきれいに見えなかったり、専用アプリのインストールが必要となる場合が多い。
Google CloudのImmersive Stream for XR技術を使ったこのXRマネキンでは、クラウド上でレンダリング (コンピュータプログラムで映像を生成すること)した映像を5Gなどを使ってストリーミング配信する。これによって、高精細なマネキンが表現可能となる。
KDDIがこだわるのは、素材の「質感」までわかる商品のリアリティだ。
背景には、「布の質感のディテールを確認できなければ、実際に購買するところにまで結びつかないのではないか」というアパレル業界全体における共通認識がある。
「XRマネキンは、編地がわかるレベルの解像度を実現している。素材感としてのたわみやドレープ感など、布の動きまで仔細に表現できる」と話すのは、5G・XRサービス企画開発部 サービス・プロダクト企画1Gの水田修リーダーだ。
「au VISION STUDIO」が掲げるミッションは、消費者が商品を購入する際の体験をサステナブルにすることで、エシカル社会をつくること。ただ、消費者体験はストレスフリーでなくては意味がないという。「最新機種だけとかアプリを入れたらという条件なしで、誰でも見られる点がXRマネキンの最大の魅力。iPhoneでいうと、いつも使っているSafariの中で高精細な商品イメージを確認できるというのは画期的」(同)
1着のサンプルを使って3Dスキャン撮影を行い、余剰在庫問題を解決
アパレル店舗が抱える最も大きな課題は、客のニーズに応えるためさまざまなサイズ・色の在庫を取り揃えておかなくてはいけないこと、それによって常に余剰在庫が発生するリスクを抱えていることだ。
XRマネキンを活用すれば、在庫が少ない店舗でも幅広い商品の提案ができるようになる。これを支えるのは、人間の動きをそのまま3Dスキャン撮影してデジタル化する技術である「ボリュメトリックビデオ」だ。サンプルが1着あれば、専用スタジオでそのサンプルを着用したモデルの動きを撮影し、動きも含めて3D化することができる。
「店舗に実際の商品がなくても、店舗サイネージ、店頭接客用タブレットなどで素材感や布の動きをリアルに近い形で再現し、確認いただける。お客さまご自身のスマートフォンでQRコードを読み込んで確認することもできるし、ECサイトの場合、リンクボタンを押すだけでアプリを起動することなくブラウザ上での確認が可能」(5G・XRサービス企画開発部 サービス・プロダクト企画1Gの藤倉皓平氏)
「ボリュメトリックビデオ」を活用すれば、余剰在庫を抱えずとも販売機会が大きく広がるだけでなく、需要と供給をマッチさせたサステナブルな生産、販売が実現することになる。
デジタル型紙を使った3DCG化で、環境負荷軽減を強力支援
一方で、「au VISION STUDIO」は、アパレル業界における商品の企画、デザイン時のサンプル制作を、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を活用することによるサンプルレスで資源の無駄がないサステナブルなモノづくりを支援する取り組みを2021年から行ってきた。
1着の洋服が作られ、販売されるまでは、商品企画・サンプル制作、量産、販売というプロセスをたどるが、サンプル制作のプロセスで数回サンプル品を作るのが一般的だ。そこで着目したのが、このサンプル品の廃棄ロスをなくすこと。それを解決するのが「デジタル型紙を使った衣服の3DCG」だ。
「洋服を作るうえで必須となる型紙づくりを制作段階からデジタルで行うことができれば、実物がない商品もXRマネキンによって3DCGで表現できるので、プロモーションに活用することが可能。これが理想形だと考えている」(藤倉氏)
サンプル自体が不要となり、その結果、予約販売 (受注生産) や需要予測などにも活用できる。さらに、髪の毛1本1本までフォトリアルに再現されたバーチャルヒューマン「coh」に着せて表現することで、消費者側も実物がなくてもリアルな着用イメージを確認することができる。つまり、購入のボタンを押すまで作り出さない、究極的にサステナブルなものづくりが可能になるのだ。
このデジタル型紙を使った取り組みはすでに一部で始まっているというが、「従来からの紙の型紙をすべてデータで作るやり方に変更しましょう、というのは正直難しいのが実情」(同)
そこで力を入れているのが、これから新たにファッションに関わろうとしている服飾の専門学校生にこの新たな技術を伝授していくこと。当面は、「ボリュメトリックビデオ」を使ったXRマネキンの認知、普及を目指し、「デジタル型紙を使った衣服の3DCG化」については5年後を目途に実用化を進めていきたい考えだ。
水田リーダーは、「今年度中に実店舗への導入を進めるため、パートナー企業と話を進めている」と話す。さらに、今後は、流通系企業や商社ともタッグを組むことも視野に、服飾学校の学生への教育を一層強化していく。
「アパレル業界のDX化と余剰在庫の削減」を目指し、業界全体のサステナブル課題を解決すべく邁進するKDDIの「au VISION STUDIO」。その果敢なチャレンジがアパレル業界の変革につながっていくことを期待したい。