第3回 セルフメディケーションとDX
DXは「データとデジタル技術を活用して、製品・サービス・ビジネスモデルだけでなく、企業の仕組みや風土の変革をする」という手段をもって、「顧客や社会のニーズをもとに、競争上の優位性を確立する」という目的を達成する競争戦略であることを第2回で書いた。また、日本のヘルスケア領域における社会のニーズに応える手段の一つにセルフメディケーションがあるが、「セルフメディケーションを推進する」と国が宣言しただけでは、顧客や社会のニーズを叶えることができないことについて解説した。
セルフメディケーションを助けるデジタル活用
筆者が前職である大手ドラッグストアのココカラファインで推進したことの1つに「あなたのお悩みは?」という特集ページがある。これは生活者にとっての「友達以上、医者未満の相談相手」になるという統合マーケティング戦略の一手段であった。ここでは、心と身体のお悩みについて専門家である薬剤師が正しい基本情報を書いた上で、生活者が自分に合った薬を選べる一言を添えていた。
ここでピックアップする薬は、自社の利益幅が大きいとか、テレビCMが流れているということではなく、特徴と生活者ニーズがある成分のものを薬剤師が考え抜いていた。
さて、第2回で書いた咳で困っている30代女性会社員がこのサイトで自分に合った咳止め薬を選ぶとする。日頃、便秘で悩んでいる女性は仕事の忙しい会社員でもあるので、自宅で1日2回服用すれば会社で服薬する必要がなく、便秘を悪化させる心配のない新コンタックせき止めを納得して購入し、服用することができる。
デジタルを活用することでセルフメディケーション推進が機能するためには、専門家の中でもより専門性が高い人材の関与が欠かせない。「〇〇師 〇千人が回答する!」という数の要素よりも質の要素が重要と筆者は考える。
病気になる前の未病段階で健康へ
国がセルフメディケーションを推進する目的の一つは国民医療費抑制にあるので、そもそも薬が必要となる身体の不調にならないようにする未病対策も一つの手段である。
「未病」とは、健康と病気の間で連続的に変化する状態である。健康のためには、病気になって初めて行動を起こすのではなく、日常生活の中で自分の未病状態をチェックし、心と身体の状態改善・維持に主体的に取り組むことが重要である。
未病状態の改善への取組みは大きく分けて3つある。「食」「運動」「社会参加」である。
未病状態改善を目指すアプローチは、病気になってからのセルフメディケーションよりも間口が大きいため、「食」「運動」「社会参加」のそれぞれに対して、ヘルスケアとリテールの融合したDXという手段をもって、改善を図るアプローチは将来性が期待できる。
「食」の未病状態改善に関して言えば、レコーディングダイエットに人気の食事記録・管理アプリの領域となる。食事をアプリに記録することで、一日にどれだけのカロリーや栄養素を摂っているかを算出し、運動状態などと合わせてアドバイスを表示する仕組みである。
この類としてのパイオニアは「あすけん」であり、550万人以上の会員を持つ。食事記録を基にAI管理栄養士からアドバイスをもらえることが特徴的である。有料会員の課金をマネタイズポイントとしている。筆者は1年ほど使用していたが、入力が面倒になり使用しなくなった。課金をしたこともない。
食事記録・管理というヘルスケアでのマネタイズの難しいところである。このヘルスケアにリテールをかけ合わせることで記録を簡便にし、月額課金以外のマネタイズ手段を得た事例があるので紹介する。
「食」の未病改善DX事例「SIRU+(シルタス)」
買物から栄養管理ができる「SIRU+(シルタス)」というアプリがある。「SIRU+」は、スーパーマーケットのポイントカードを登録することで、購入品の栄養価がわかるアプリである。
顧客の購買データを栄養素に変換し、購入傾向を可視化・数値化することで、栄養の偏りが分かる。ユーザーは食事履歴を手動で記録せずとも栄養状態を把握でき、未病状態の改善につながる。また、顧客の栄養状態や食の嗜好性を考慮した上で食材やレシピを提案してくれるので、個人(または家族)に合った食生活の改善を目指しやすくなる。
食材、レシピ提案をすることで再来店を促し、客単価を向上させる効果が期待できるため、小売業もしくはメーカーからの収益も期待できる。生活者にとっては未病対策という果実が得られるし、小売業にとっては顧客がその企業を使い続ける理由付けを得られる。また、食材・レシピのレコメンドに広告枠を設けることで、メーカーが生活者に紹介したい商品を買ってもらいやすくなるだろう。
利用者を増やすことができれば、三方良しが目指せるヘルスケアのリテールDX事例といえる。
ヘルスケアだけ、リテールだけでは到達できない変革につながる可能性がある事例であるし、集積したデータは商品開発にも活かせるであろう。
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