近年、食品スーパー(SM)の精肉部門は、円安による輸入肉の相場高、異常気象などによって安定した利益確保が難しくなっている。加えて、消費者の間では節約志向がより強まる一方で、生活シーンによっては品質をはじめとする商品の付加価値も重視する「消費の二極化」が起き、状況は複雑化している。そんななか、精肉部門はどのような商品施策(MD)によって収益性と、顧客への提供価値を向上させることができるのか。SM各社の最新戦略と専門家の解説から考察する。
高騰する相場と節約志向で板挟みに
近年、SMの精肉部門は困難に直面している。2024年1月1日、141円台で始まったドル円相場は24年6月26日から7月11日にかけて急騰。35年ぶりの円安・ドル高水準となる1ドル160円台に到達した。
25年に入ってからも150円台で推移するなど、円安が進行したことで、国内企業の輸入肉市場での“買い負け”が発生。輸入肉が高騰したことで、SMはこれまでの「国産肉で価値を訴求し、輸入肉で価格を訴求する」という粗利ミックスに基づいた販売モデルを維持することが難しくなった。
農畜産業振興機構(alic)の「国内統計資料」では、24年度(4月~12月)は、1㎏当たりの平均価格が牛肉の生鮮・冷蔵品で1254円、冷凍品が727円、豚肉は生鮮・冷凍合わせ同660円を記録。5年前と比較して、いずれも約1.5倍の値上がり幅を見せた。
円安は消費者の精肉の購買傾向にも変化を与えている。総務省「家計調査」によると、生鮮食品を含む消費者物価指数(2020年=100)は、24年12月に110.7に上昇。品目別では生鮮食品が17.3ポイント(pt)上昇し、最も上昇幅が大きかった。その影響で消費者マインドが下押しされ、家計の平均消費性向(可処分所得に対する最終消費支出の比率)はコロナ禍以降、依然として低い水準にとどまっている。
このように、消費者の家計防衛意識が高まる一方で、精肉部門では輸入肉の相場高によって、価格訴求できるアイテムが限られるようになった。それでも集客力の維持や競合店との競争に鑑み、値入れ率を下げて価格対応を行わざるを得ない。かつてはSMにおける「利益頭」とされていた精肉部門だが、外部環境の大きな変化によって収益確保が難しくなってきている。
節約志向の高まりに加え、今回取材したSM各社の部門担当者が異口同音に指摘したのが、「消費の二極化」だ。食への支出をひたすら抑えるのではなく、その時々のシーンによって付加価値性の高い商品を選ぶなど、メリハリのある消費行動も顕在化している。
精肉部門としても、多様化する消費ニーズに対応する必要に迫られており、値頃感のある価格政策は前提として、付加価値を提案するMDを策定しなければならない。それができなければお客の支持を失い、徐々に競争力を失っていくことになる。
記録的な猛暑が精肉市場に追い打ち
市況の変化に加え、24年の夏は平年以上の暑さも精肉市場に追い打ちをかけた。日本気象協会によると、24年夏(6~8月)の全国の平均気温は統計開始(1898年)以降、史上最高を記録している。例年、気温の上がる夏季は家庭での加熱調理が忌避され、精肉の売上は伸び悩む傾向にある。
24年夏は記録的猛暑によってその傾向がより強まり、精肉部門の売上に大きな打撃を与えたようだ。また、精肉部門にとって書き入れ時のBBQシーズンでもあるが、「ゴールデンウィークから夏場まで旺盛だった屋外でのBBQ需要は、直近2年で落ち込んでいる」との担当者の声も聞かれる。
さらに酷暑は精肉の生産量にも大打撃を与えており、とくに、豚には顕著な影響がみられた。24年夏は豚熱が流行したことに加え、暑さで斃死(へいし)が増えたため、豚の出荷頭数はさらに減少。飼料価格の高まりで年間通して値上がりを見せたが、7月には卸売価格が1㎏当たり796円(前年同月比16.9%増)となるなど枝肉市況が高騰した。
こうしてSMに逆風が吹くなかで、精肉部門はどのような施策で利益を確保しているのだろうか。

イオンリテール(千葉県/井出武美社長)では、イオン(千葉県/吉田昭夫社長)が展開するプライベートブランド(PB)「グリーンアイナチュラル」の「タスマニアビーフ」「ナチュラルポーク」など、直営農場と契約農場からの調達ルートを最大限に活用。抗生物質、抗菌剤といった動物医薬品を使用しないといった健康面での付加価値を提供しつつ、安定した調達と値入れで利益を確保している。
また、同社では鶏むね肉の薄切り、和牛の切り落としなど、「火が通りやすく、使い勝手がよい」という機能性の高さを打ち出した商品展開にも力を入れる。
オーケー(神奈川県/二宮涼太郎社長)は、国産和牛の1頭買いによる柔軟性の高い売価設定で、他社よりも価格を抑えつつ、店内加工で高品質な生肉を提供する。加えて、EDLP(エブリデー・ロープライス)によって一定の頭数を売り切ることでロスを減らし、利益を創出。他方、国産の豚と鶏はアウトパック化に注力し、外部のリソースを活用することでコストカットを実現する。
サミットは、総菜など他の部門と連携し、店内調理する肉総菜のほか、レンジアップ商品など即食・簡便性の高いアイテムを強化している。なかでも、半調理品の売上高は対前年同期比14.2%増(24年度第3四半期累計実績)と2ケタの伸びを記録しており、精肉部門の強力なドライバーとなっている。
平和堂(滋賀県/平松正嗣社長)の精肉部門では、24年度に新MD「味の見える化」をスタートさせた。このMDは、豚肉と鶏肉に含まれている主にグルタミン酸、オレイン酸、ビタミンEなどの旨味などに関わる成分を数値化し、さらに看板商品として強く訴求するというもの。同社は、商品の品質を裏付けるMDによって顧客の信頼を得るねらいだ。
本特集では、上記4社の取り組みのほか、専門家の提言をお届けする。相場高で従来の価格訴求策が十全に機能しなくなっているなか、自社では何ができるのか、その手掛かりがあるはずだ。
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