データで見る流通
データから見える「肉食ブーム」の背景
文=榎本 裕洋
丸紅経済研究所 シニア・アナリスト
ここ数年、東京で暮らしていて気になるのが「牛カツ」専門店の増加である。関西出身の筆者にとって「牛カツ」は目新しいものではないが、豚肉文化が根強い関東で、「牛カツ」も受け入れられている様子には驚きを感じる。また、低価格ステーキチェーンの急拡大や、米国発本格ステーキレストランの日本初上陸なども全国的に話題となり、わが国は空前の「肉食ブーム」に沸いているようだ。こうした食肉需要の高まりにはどのような背景があるのだろうか。
図表1は、1961~2011年の日本と韓国における1人当たりの食肉供給量(≒需要量)の推移を示したものだ。焼肉をはじめ、肉をよく食べるイメージのある韓国人だが、実は1人当たりの食肉供給量は90年代後半まで日本の後塵を拝していた。
しかし日本ではバブル崩壊後、1人当たり食肉供給量が伸び悩んだのに対し、韓国はアジア危機克服後の高成長を背景に、食肉供給量が順調に伸びていった。11年には、1人当たり食肉供給量は日本が年間48.79kgであるのに対し、韓国は同62.22kgと大きくリードした。
裏返せば、景気の動向が食肉需要量に大きな影響を与える可能性があるということだ。冒頭に述べた今日の「肉食ブーム」は、日本の景気の落ち着きを反映していると筆者は考える。ちなみに、1人当たりGDPが日本とほぼ等しいイタリアの場合、11年の1人当たり食肉供給量は年間86.65kgと日本人の倍近い。日本の食肉供給量はまだまだ拡大の余地があるといえる。
次に、年齢と食肉需要の関係性に注目してみたい。
図表2は、15年の家計調査における世帯主年齢階級別の食肉向け支出金額・購入数量を、それぞれ1人当たりに換算したものだ。世帯主が60~69歳の階級が肉類に対する支出金額が最も多く、世帯主が29歳以下の階級が最も少ない。
60~69歳の世帯主階級の支出が最も多い理由としては、たとえば、遊びに来た孫など自分以外のために肉類を購入しているという可能性があるかもしれない。しかし、他人に肉類を振舞うという行為は、ほかの年齢の階級でも行われていることであり、これだけでは決定的な理由にはならない。
また、60~69歳の階級は若い世代に比べ外食支出が少なく、家庭で食事する回数が多いため、調理のために精肉や加工肉を購入する機会が多い、という考え方もあるだろう。しかし、同じ家計調査で「外食」における支出金額を見ても、肉類がメーンのメニューが多い「中華」「洋食」「焼肉」「ハンバーガー」への支出を合計して1人当たりに換算しても年間9283円だ。これは、最も外食支出が多い40~49歳の階級(同1万428円)と比べても1145円しか変わらない。高齢者は内食・外食に関係なく肉類をよく食べているということがわかる。
60~69歳の階級で注目すべきは、牛肉への支出額の大きさである。日本では一般に高齢者の所得が高く、牛肉に対する支出も多いのだろう。前述した景気の安定も、支出額の拡大を後押ししているのだ。
低成長とされる日本でも、実質GDPは年1%弱増加しており、今後も緩やかな所得増加に伴ってとくに牛肉の需要は増加するだろう。そして相対的に、所得の高い日本の高齢者の牛肉需要は今後も減ることはないと思われる。また、若者の牛肉需要も、将来的に年を重ねて所得の制約が少なくなれば、爆発的に増加する可能性もあるだろう。
この「高齢者ほど肉を買う」という現実の背景には、おもしろいビジネスチャンスがまだまだ潜んでいるかもしれない。
(「ダイヤモンド・チェーンストア」2016年4/1号)