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物言う株主時代に脚光!宅配以外もスゴい「生協」の事業モデルとは

株主と経営陣の深刻な“ズレ”

 行き過ぎた株主資本主義に対する懸念が、日本でも高まっている。モノ言う株主(アクティビスト)の「提案」によって、貯め込んだ内部留保を吐き出すこととなった企業は枚挙にいとまがなく、敵対的買収の増加も含め、企業経営あるいは企業の命運そのものに大きな影響を与える事例が頻発している。

 国内小売業も例外ではない。ここ数年、「株主価値最大化」のもとに対応を余儀なくされてきたのがセブン&アイ・ホールディングス(セブン&アイ、東京都/井阪隆一社長)だ。

 同社は2023年にアクティビストのバリューアクト・キャピタルから株主利益最大化のためにコンビニエンスストア(CVS)事業のスピンアウトを提案されたが、その提案を23年4月に「長期に亘る価値の毀損を伴う当社CVS事業の拙速なスピンオフ」と断じ、祖業であるイトーヨーカ堂(東京都/山本哲也社長)を中心とする「SST(スーパーストア)事業で培われた食の強み」は「セブン-イレブン・ジャパンのみならず国内外CVS事業の成長実現の鍵となる」として株主総会で否決した。

 その後、セブン&アイは24年4月、SST事業の構造改革を完了させたのち、27年以降に同事業の新規上場をめざすことを発表。ようやく、アクティビストから再三要求されてきたCVS以外の事業を分離するめどをつけた。

 しかし、それからわずか半年で当初のプランを変更することになる。24年7月以降、カナダの大手CVS企業アリマンタシォン・クシュタール(AlimentationCouche-Tard)から、買収提案を受けているのである。10月には、SST事業などの切り離し時期を当初よりも前倒しし、26年2月期中の持分法適用会社化をめざすことを発表している。

 クシュタールに買収されるよりも、単独でCVS事業を進めるほうが企業価値を高められることを、株主そして株式市場に示す必要があるからだ。それにより、短期的にも企業価値を引き上げ、企業買収を防ぐねらいがあったものと考えられる。株主資本主義のもと、企業、とくに上場企業の経営者は株主の代理者として、常に株主価値の最大化に焦点を当てて日々の経営を遂行していかなければならない。

 しかし、株主の力が強すぎるがゆえに、あるいは経営者の専横により、時に株主と会社側で対立が起こったり、株主の意向で会社が本来行くべきではなかった道に進むこともある。利害関係者の意見が食い違う状態について、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授は「ステークホルダー・ミスアライメント(ずれ)」と表現している。

 この「ステークホルダー・ミスアライメント」が起こらない組織が、今回特集する「生活協同組合(生協)」である。

生協と株式会社の決定的な違い

 生協法に縛られる生協は、県域をまたいでの事業が規制されている。必然的に生協に出資する人は、生協の事業に賛同した「地域に住む人」となる。つまり、生協に出資し、利用する組合員は「地域住民」であり「お客」であり「株主」でもあるのだ。

 また、生協における株主は、出資する組合員だが、どれだけ出資金を出そうが1人1票の議決権しか持たない。特定の大株主が存在しないため、誰か1人の意見が強く反映されることのない組織形態なのである。だから生協は、地域のためになること、地域住民が望むことを事業や活動として行う限り、株主である組合員から反対されることがないのである。

 株式会社、とくに上場企業であれば、収益性が低ければ株主から糾弾されるし、構造改革を迫られる。そのため、たとえその事業が有望で利用者にとってよいことであっても継続することは困難だ。

 しかし協同組合の場合、組合員の幸福に資することであれば、組織として拡大再生産できる利益(生協用語では剰余金と呼ぶ)を上げる限り、組合員は喜んで賛成する。とくに組合員の組織率が高まれば高まるほど、「組合員のニーズ=地域のニーズ」と一致するようになる。地域課題の解決を事業化することが、生協が支持される理由になり、その地域で生協の存在意義がより高まっていくのである。これこそが本当の意味での地域密着だ。

 「非営利の精神」を持つ生協は、実は資本コストも低い。上場企業の株主資本コストは、会社は返済する必要がない半面、株式が無価値になるリスクなど株主が負うリスクと期待がプレミアムとして上乗せされるため、負債調達コストよりもずっと高い。

 一方、生協の場合、出資者に対して当期剰余金(当期純利益のこと)から一部を出資配当のかたちで組合員に還元するものの、たとえばコープみらい(埼玉県/熊﨑伸理事長)の出資配当率は年0.3%、コープこうべ(兵庫県/岩山利久組合長理事)は年0.2%と低水準だ。しかもコープこうべの場合、23年度は出資金に振り替えるというかたちをとっている。なお日本生協連によれば、地域生協116生協の総額でこの1年で出資金を約110億円増やしている。

 ある生協の幹部は「総代会(一般企業の株主総会にあたる)で剰余金(利益)がどれだけ上振れしたかの話をしても組合員は喜ばない。そんなことよりも、われわれの活動でどれだけ社会貢献できたか、何人がわれわれの奨学金制度を使って学校に行けたかのほうに組合員は関心がある」と力説する。組合員は生協の精神に賛同して出資しているのであり、「配当目的」ではないのである(出資金が利殖目的にならないよう、生協法で出資配当率の上限が定められている)。

生協に学ぶべきポイントとは

 ただし、組合員ニーズに応えるという使命のもと、一歩間違うと事業の収支管理が甘くなるおそれがある点は、生協経営において注意すべき点だろう。店舗事業が赤字の生協は多いが、仮にこの赤字が一掃できれば、より組合員の福祉に資金を投じることが可能になる。増やした利益を売価に還元できれば、インフレに苦しむ組合員の暮らしの助けになる。また、小売業界ではテクノロジーや物流に大規模な投資が必要となっており、それに足る十分な利益を確保することは各生協が事業の継続性を高めるためにも重要だ。

店舗事業の競争力強化、収益改善にも各生協は力を入れる。みやぎ生協は23年度、既存店売上高を6.8%も伸ばした

 ただし「巨額の設備投資や大規模なM&A(合併・買収)はできなくとも、積み上げた利益を継続的に投資に回していけば十分なDX(デジタル・トランスフォーメーション)は可能」と前出の入山教授は指摘する。たとえばコープさっぽろ(北海道/大見英明理事長)は14年以降、物流の完全自前化のために巨額の投資を重ね、いまでは物流を「プロフィットセンター化」している。そもそも多くの生協において宅配事業は高収益事業であり、収益性トップクラスの生協では経常剰余率(経常利益率)は5~6%もある。

 生協の強みは、高収益の宅配事業だけではない。県域規制の縛りがあるゆえに、限られたエリア内で宅配、店舗、夕食宅配、共済などの事業を複層的に展開し、組合員とのタッチポイントを増やしてきた。

 単一事業だけに依存せずに、複数事業でウォレット・シェアを高める厚みのある事業構造の構築に行きついた。とくにコープさっぽろは、店舗網と物流網を活用し、エネルギー事業、スクールランチを提供する配食事業、健康診断事業にまで領域を拡大。各種サービスで統一ポイントが貯まる制度を23年から開始し、事業全体の利用額をさらに押し上げる効果を得ている。多くの店舗小売業が、収益のほぼすべてをリアル店舗に依存しているなかでは、注目すべき戦略と言えるだろう。

各生協の宅配事業は高収益で知られる。おおさかパルコープの経常剰余率は23年度5.8%で生協でトップクラスだ

 1990年代後半、「生協のスーパーマーケット化」が進み、小売企業と同質化したがゆえに苦境に陥った地域生協が続出した。だが、その後の原点回帰と事業連帯の推進などの構造改革の結果、多くの有力生協は健全性を取り戻し、小売業と異なる土俵で戦う、いまの時代に合った「生協モデル」に磨きをかけようとしている。

 今後日本では、人口減少、少子高齢化、働き手不足などさまざまな問題がより顕在化していく。そのなかで、地域住民(=組合員)の問題解決に特化して事業化できる生協は、組合員の高齢化など課題は重いものの、飛躍のチャンスにもなるはずだ。

 すでに一部の先進的な小売業は生協の考え方に共鳴している。良品計画(東京都/堂前宣夫社長)は各地域生協との連携を強化しており、30年までのビジョンとして「個店を通じて、日常生活の基本を担うと共に、地域社会と共生し課題解決や町づくりに貢献する」という、かなり生協と近い価値観を持ち、経営を進める。

 いまこそ小売業は、生協および生協型経営から何かを学ぶべき時ではないだろうか?

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