時価総額3000億円超!トライアル上場の衝撃
「あくまでも一つの節目でしかないが、投資家の皆さまの理解を得ながら、さまざまなチャレンジをしてさらに飛躍していきたい」
今年3月21日、大手小売のトライアルホールディングス(福岡県:以下、トライアル)が東京証券取引所グロース市場への上場を果たした。市場から大きな注目が集まるなか、同社の亀田晃一社長は上場当日、気を引き締めるようにそう語った。
トライアルは福岡県を本拠に、売場面積1500坪を標準とするスーパーセンター(SuC)を主力フォーマットとして、北海道から鹿児島県までおよそ300店舗を展開する。近年は「リテールDX」を旗印に、AI を用いた購買データの分析・活用、セルフスキャン式のスマートショッピングカート「Skip Cart®」や店頭デジタルサイネージを軸としたリテールメディアの取り組みなど、デジタル領域で先行する企業としてよく知られる。
それと並行して、水面下で進めてきたのが生鮮強化の取り組みだ。外部からの専門人材の登用や川上までさかのぼった調達網の拡大、商品開発機能の強化などにより、生鮮および総菜の商品力と販売力がめざましく伸長したことで、業績面も絶好調に推移している。
トライアルの2023年6月期の連結売上高は、対前年同期比9.7%増の6531億円、営業利益は同15.9%増の139億円と大幅な増収増益。積極的な出店を進めていることも大きいが、生鮮強化の取り組みが既存店の実績も押し上げており、22年12月~23年12月の1年間の既存店売上高成長率は、前年同月実績を3~10%上回るペースを示している。
トライアルは足元の成長基調はしばらく続くと見ており、24年6月期の業績予想は売上高が同8.9%増の7110億円、営業利益が同33.0%増の185億円。前期に続き力強い伸びを示す見通しだ。
そうしたなかでの新規上場ということもあり、市場からの期待は大きい。上場前に設定された公募・売出価格は仮条件の上限1700円に決定。株式公開日の終値は売出価格を約3割上回る2200円となり、同時点での時価総額は約2610億円と、グロース市場の時価総額ランキングで一挙にトップへ躍り出た。その後、一時は3000円を突破、本稿執筆時(4月末)では2700円前後で推移している。時価総額はおよそ3400億円。プライム市場やスタンダード市場の上場小売業に勝るとも劣らない評価を得ており、まずは幸先のいいスタートを切ったと言えるだろう。
ちなみに同社は昨年4月にグロース市場への上場を計画していたが、「昨今の金融機関の破綻等を契機とした混乱が続く中、株式市場に関する動向等を総合的に勘案」(当時のプレスリリースより)という理由から、予定日9日前になって上場手続きの延期を発表していた。「昨年よりも市況はよく、結果としてはベストタイミングでの上場になったと言えるだろう」とある市場関係者は分析する。
マルチフォーマット化と部門間連携が新たな武器に
トライアルにとっても上場は歴史的出来事であったはずだが、社内関係者は総じて冷静だ。ある社員は、「社内でも『驕ってはならない』という雰囲気が漂っている」と明かし、亀田社長が言うようにあくまでも今後のチャレンジや成長の礎であるという考え方のようだ。
では、トライアルが株式上場を経て展望する未来とはどのようなものなのか。それをさまざまな切り口で探るというのが、本特集のねらいである。詳しくは次ページ以降を参照されたいが、冒頭でも簡単にまとめておこう。
まずは出店政策である。ここ数年間でも積極的な出店を続けているが、4月には初めて香川県に出店し四国進出を果たすなど、新規エリアの開拓にも動き始めている。大店立地法の届け出などで明らかになっているだけでも、すでに強固なドミナントを築いている北海道や九州に加え、静岡や富山といった出店実績のない地域での開業も控えている。
出店政策に関してもう一つ着目したいのが、近年出店が進んでいる小型フォーマット「TRIAL GO」である。同フォーマットは九州を中心に約40店舗を展開しており、そのサイズは50坪程度から数百坪まで多様だ。現在はさまざまな立地での実験段階にあり、今後最適な売場サイズや品揃えを確立していくという。このマルチフォーマット化によって出店余地が従来よりも拡大することは確実だろう。
生鮮強化をはじめとする商品政策(MD)も、さらなる進化の途上にある。たとえば、最近ではローカライズを志向したMDが各店で目立つようになってきた。トライアルでは事業エリアごとに店舗開発や MD立案を行う体制が整いつつあり、その一環で地元メーカーの商品や、地域の需要に即した総菜開発などが進んでいる。
また、総菜の開発・製造を手掛けるグループ傘下の明治屋(福岡県)の大塚長務社長が、新たにトライアルカンパニーの食品商品開発部長を兼任する体制に移行。これにより、総菜にとどまらず生鮮各部門が横連携する素地が出来上がり、多様化する食ニーズに対応した商品開発のスピードも上がることになりそうだ。
協業企業・領域の拡大続くリテールDXの取り組み
リテールDXの領域でも、取り組みの規模が日に日に拡大している。
DX関連の開発拠点となっている福岡県宮若市の「リモートワークタウンムスブ宮若」には、全国から協業関係にある卸やメーカーが集結し、AIを用いた購買データの分析や販促施策への活用を協働して実施。参加社数は増加傾向にあり、現在は同業の小売業やITベンダーなど業種も拡大している。
また、今年に入ってから日本電気(NEC:東京都/森田隆之社長)と顔認証技術の開発で、日本電信電話(NTT:東京都/島田明社長)とはサプライチェーンマネジメントの最適化に向けた取り組みで、それぞれと協業することを発表している。
このほか、物流、リテールメディア、防犯といった領域を「非競争領域」と位置づけ、同じ九州を地盤とする小売業との連携を拡大。外部企業との連携による、流通ビジネスの変革をめざす動きは以前に増して活発化している。
このように、出店・店舗開発、商品づくり、そしてリテールDXに向けた動きを同時並行で加速させるトライアル。上場による市場からの資金調達と自社に対する信頼の形成により、そのスピードはより加速していくだろう。
そしてそれは、トライアルの競争力が今以上に高まることを意味する。高いレベルでの生鮮強化の取り組みやローカライズされたMDを武器とした店舗が、SuCから小型店までのマルチフォーマットで全国で増加。その一方で、外部企業との連携拡大のもと進むリテールDXの取り組みが、サプライチェーンの効率化・最適化や購買体験の向上を実現する──。
「日本の流通ビジネスを変革する」ことを長年提唱してきたトライアルは、その実現に向け“トライアル”を重ねながら、着実に歩を進めている。
次項以降は有料会員「DCSオンライン+」限定記事となります。ご登録はこちらから!