新型コロナウイルス禍の非常事態の中、2021年9月に幕を閉じた東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京2020大会」)。日本選手の活躍とともに、鮮やかなサンライズレッドのオフィシャルウエアも記憶に新しいところだ。
実はこのオフィシャルウエア、全国から集められたスポーツウエアをリサイクルして作られたのをご存じだろうか。オフィシャルウエアを手がけたアシックス(兵庫県/廣田康人COO)が企画・推進した「ASICS REBORN WEAR PROJECT」。その舞台裏を担当者に聞いた。
全国から集まった4トンのスポーツウエア
「皆さんの思いが詰まったこのウエアを着て、全員で皆さんの思いを感じながら競技に臨みたいと思います」
パラリンピック陸上競技の第一人者、山本篤選手がステージ上で力強くコメントした。2020年2月21日、東京2020大会・日本代表選手団オフィシャルスポーツウエアの発表会での一場面だ。この日、ゲストアスリートが身に着けた鮮やかなサンライズレッドのウエアとシューズが初めて報道陣の前に披露された。
山本選手が「皆さんの思いが詰まったウエア」とコメントしたのには理由がある。このオリパラ選手団のウエア、実は全国から集められた「思い出のスポーツウエア」をリサイクルして作られたものなのだ。
東京2020大会のゴールドパートナーでもあるアシックスが企画した「ASICS REBORN WEAR PROJECT」。2019年1月から5月にかけての約4か月間にわたり、全国各地の店舗やスポーツイベント会場など約250か所に回収ボックスを設置。桐生祥秀選手、内村航平選手、吉田沙保里氏など日本を代表するアスリートも協力を呼びかけた結果、全国各地から寄せられたスポーツウエアは4トンにも上った。
コロナ禍の影響で東京2020大会の開催は1年延期されたが、オリンピック58種目、パラリンピック51種目でメダルを獲得するなど日本選手が躍動。その選手たちがまとったサンライズレッドのウエアとシューズには、そんなストーリーがあったのだ。
日本中の人々と選手とをウエアでつなぐ
「オリンピック・パラリンピックのオフィシャルウエアを、皆さんのウエアを回収・リサイクルして作る試み自体が初めてのこと。必要な量のウエアが期間内に集まるのか、募集段階からハラハラしながら見守っていましたね」
このプロジェクトを推進したアシックスサステナビリティ統括部の増田堅介氏はこう笑って振り返る。
「日本中の人々と代表選手団とをつなぐ日本を一つにするものづくりを通して、大会の盛り上げに貢献したいという思いからこのプロジェクトを企画しました」(同)
選手団にオフィシャルウエアを手渡した際には、プロジェクトの趣旨を説明したハンドブックを添えた。山本選手のコメントにも表れているように、ウエアを提供した人々の思いは日の丸を背負った選手たちにも届いたことだろう。
加えて、このプロジェクトにはもうひとつのねらいがあった。「スポーツメーカーとして世界共通の課題である気候変動に対応することです」と増田氏は語る。
「循環型のものづくりに転換していくことは、私たちスポーツメーカーにとっても大きなテーマになっています。このプロジェクトを通じて全国の皆さんと一緒に取り組むことで、課題解決に少しでも寄与していきたいと考えました」(同)
アパレルリサイクルの難題に挑む
しかし、アパレルのリサイクルは、他の分野と比べて技術的なハードルが非常に高い。
「アパレルの大半は、綿とポリエステルなどの混紡繊維で、それらを分別するのは技術的な困難と手間を伴います。染料はリサイクル工程では不純物とみなされ、取り除かなければならないため、豊富なカラーバリエーションも阻害要因となりえます」(増田氏)
回収したウエアを選り分け、化学的なリサイクル方法により、染料等の不純物を除去しながらポリエステルだけを抽出して樹脂を製造する。透明なペットボトルのリサイクルに比べて、アパレルのリサイクルには何重ものハードルを乗り越えなければならないのだ。
事実、アパレル分野におけるリサイクルの取り組みは世界的に大きな後れを取っている。サーキュラ―エコノミー(循環型経済)を推進するエレン・マッカーサー財団が2017年に発表したレポート「A New Textiles Economy」によると、再生段階で服から服へ水平リサイクルされる割合は1パーセントにも満たない。
アシックスは、東京2020大会をこの難題に取り組む契機と位置づけた。アパレルのリサイクル技術を持つ企業の協力のもと、回収された4トンのウエアを分別し、化学的なリサイクル方法によって、染料等の不純物を除去しながらポリエステルだけを抽出して石油由来と同等のポリエステル樹脂を製造。その樹脂から、一本一本の糸、そして生地をつくり、スポーツウエアからスポーツウエアを生み出す難題をクリアした。
「当時、今回の試みはまだ商業ベースに乗せられるレベルではなくアーリーステージの段階でした。ただ、一方通行型のものづくりからの転換を図らなければならないのはアパレル業界共通の課題。東京2020大会という世界の注目が集まる場で、そのサステナビリティの課題に挑戦する日本企業の姿勢を発信していきたいとの思いがありました」(同)
スポーツウエアも「リサイクル」を競う時代に?
「ASICS REBORN WEAR PROJECT」の成功を弾みに、アシックスはサステナブルなものづくりへとさらに舵を切っている。2021年4月には、不要になった衣類や工場内で出た繊維ごみから作られた再生ポリエステル材を採用したシューズ「EARTH DAY PACK」を発表。2021年6月には、社内の各事業所やサプライチェーンにおける温室効果ガス排出量を63%削減(2015年比)するという新たな目標を発表した。
「国際的な環境イニシアティブであるScience Based Targets(SBT)イニシアティブでは、気候変動による世界の平均気温の上昇を、産業革命前と比べ1.5度以内に抑えるという目標を掲げ、企業に対して削減目標の設定を求めています。当社もこれに沿った目標を策定し、SBTイニシアティブの承認を受けました」(増田氏)
近年ではマラソン競技における「厚底シューズ戦争」に象徴されるように、機能面で1分1秒を争うし烈な競争が行われているスポーツアパレル業界。そこに、これからは「リサイクル」という新たな競争の軸が加わりつつある。東京2020大会は、「スポーツウェアリサイクル元年」として後世に記憶されるかもしれない。