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収益構造から考えるネットスーパー黒字化へのヒント 1顧客当たり営業利益率に注目しよう

一見簡単なように思えるが、実際はかなり難しいネットスーパーの「黒字化」。20年以上前から名だたる企業が挑戦してきているが、利益を出せているところはほとんどないのが実情である。ネットスーパーはなぜこれほど黒字化が難しいのか。 一体どうすれば黒字化を実現できるのか。 日本で最初にネットスーパーを手掛け、試行錯誤の末に15年以上前から黒字化を実現しているネットスーパーのプロ、スーパーサンシ常務取締役NetMarket事業本部長を務める高倉照和氏にその真相を語ってもらう。

「ネットスーパー」は「スーパー」と全く異なるビジネス!

 率直に言って、まずネットスーパーはその名称に問題があると思います。「スーパー」と「ネットスーパー」、並べてみると何だかあたかも同じ業種の延長線上に聞こえますが、実際は似て非なる業種です。スポーツで言えば野球とラグビーくらい違います。

 人間というのは面白いもので、名前が似ていると同じような業態に思い込んでしまいがちですが、スーパーとネットスーパーで同じなのは“売る商品だけ”です。あとはすべて違うと言っても過言ではありません。そこを勘違いして、店舗経営が上手くいっている企業ほど、自信満々でネットスーパーに取り組んだ末に失敗しがちです。ですので、私は少しでも誤解を避けるために、ネットスーパーではなく「ネット宅配」という単語を好んで使っています。

 では、スーパーとネットスーパーは何が違うのでしょうか。まず、店舗ビジネスというのは「固定費」が主体のビジネスです。ある一定の固定費、それは土地の取得費(もしくは地代・家賃)、建築費、内装費、人件費、販促費などさまざまですが、ビジネスをしていく上ではほぼほぼ固定費が主体となります。

 ですので、もし新店を出してそれが赤字だとすると、経営者の指示することはたった一つ、「客数を上げろ、売上を上げろ」です。実際に、客数が上がって売上高が上がったのに黒字にならない店舗はありません。それは店舗運営の経費のほとんどが固定費に類するからです。

「固定費」と「変動費」

 しかしネット宅配の場合はこれが真逆となります。なぜかと言うと、ピッキング(商品収集)、パッキング(箱詰め)、デリバリー(配送)のすべてに1件当たりの経費がついてくるからです。つまり、ネット宅配の場合はほぼすべての経費が「変動費」となるのです。

 これが混乱をもたらします。固定費主体のビジネスと変動費主体のビジネスではその経営ノウハウは全く異なります。簡単に言うと、店舗の場合、来店客数が1000人で赤字であれば、それを3000人にすれば黒字となります。しかしネット宅配は、1000人で赤字であればそれが3000人になった場合、赤字も3倍になるということです。

 先にも述べたように、同じ「スーパー」という言葉がついていますので勘違いしがちですが、固定費ビジネスと変動費ビジネスは“陸と海”くらい勝手が違います。それを混同して経営しても、陸の王者が海の王者になれるとは限りません。

店舗経営とは収益マネジメント方法が異なる!

 われわれのような小売業に身を置く人間は、もう最初からどっぷりと浸かっているのであまり意識することはありませんが、「店舗でのセルフサービス」は非常に優れている“枯れたビジネスモデル”であるということも考えなくてはなりません。

 スーパーというのはディスカウント系だろうが、高級スーパーだろうがすべて、セルフサービスを前提として商品の価格がつけられています。ネット宅配を展開していく際、商品価格を上げられるのであればそれが採算的にはベストですが、残念なことにまだそれが受け入れられるほどこのマーケットは成熟しておりません。つまり現状では、セルフサービスを前提とした店頭価格と同じ値段で、ピッキングからデリバリーまでのフルサービスを行わなければなりません。

 それと、スーパーでは1店舗当たりの利益は厳しく管理していますが、「1顧客当たりの利益」は通常は把握してありません。その必要性がないからです。しかしネット宅配ではこの「1顧客当たりの営業利益率」というのが非常に重要になってきます。この観点からも既存の店舗経営とは収益マネジメント方法がかなり異なってきます。

「本気度」が成否を左右する!

 もう一つ大きいのが「本気度」です。とくに店舗経営が上手くいっている企業ほどネット宅配には本腰が入っていない、言ってしまえば“ちょろっと”やっています。ネット宅配で一番失敗するケースが、ネット宅配を店の補完だととらえ、「ちょろっとやること」です。これはまず上手くいかないでしょう。

 なぜなら前述のとおり、ネット宅配は決して店舗の延長線上にはないからです。たとえばメーカーが「自社でモノをつくれるのだから、店舗を出したら成功するだろう」と考えて、簡単な気持ちで“ちょろっと”出店したらどうなるでしょうか。上手くいくはずがありませんよね。

 異業種がノウハウゼロから成功しようと思ったら大変なエネルギーが必要です。店舗経営が上手くいっているスーパーが新店を出すときは1店舗たりとも手を抜くことはありません。叡智を結集して商圏を調査し、工夫し、管理するでしょう。だから成功するのです。

本気度のないネット宅配は「富士山をサンダルで登るようなもの」

 ネット宅配というのは、言うなればネット上にその企業の新店を創るようなものです。しかもどの店舗よりもはるかに大きな売上になる可能性を秘めている。それなのに新店をつくる時とは比較にならないくらいに経営者が手を抜いているわけです。

 たとえて言えば、富士山に登るのにとりあえずまずはサンダルで登ってみて、それで上手くいくようであれば真剣にやるというようなものです。これでは必ず怪我するか遭難することでしょう。やはり、最初からしっかりと登山靴を履いて挑戦しないと登頂には成功しません。

 ただ、この「本気度」という点では、コロナ前とコロナ後で状況がかなり変わってきています。コロナ前のネットスーパーは大半が売れなくて困っていましたが、コロナ後は逆に売れすぎているというケースも多くなってきました。大胆な中期売上目標を明言する企業も出てきています。ただ逆にまだ煮え切らないところも多くあります。コロナ後のネットスーパーは、本気度の高いところがそうでないところを凌駕するケースが多く見られるようになるでしょう。

店舗部門との「一体感」をどう醸成するか

 それと、ある程度大きな企業になると、ネット宅配と店舗運営の役員が異なるケースが多く見られます。この場合、ビジネスの一体感が醸成されないという問題が出てきます。ネット宅配は当然、お店の中にある商品を持ってきて配送します。ネット宅配部門と店舗部門のチーフの間に一体感がないとピッキングの段階から軋轢が出てきてしまいます。

 そうした事態を防ぐために、通常は店長がマネジメントするわけですが、ネット宅配と店舗の役員同士の関係が上手くいってない企業では、この部分でおかしな問題が起こっています。たとえばネット宅配のスタッフが商品を店へ取りに行くと、「せっかくつくった商品を取るな」「あっちに行け」と言われるなど、冗談に思えるようなことが某大手スーパーの現場では日常茶飯事です。これでは絶対に上手くいきません。このような問題は大手スーパーの現場で頻繁に発生しています。

 ネット宅配はあくまで店の商品を売る一部門ですから、店舗との一体感が成功のためには欠かせません。そのため本来は、店舗運営担当役員がネット宅配の担当も兼ねるのがベストですが、通常はそうはなりません。

 もう一つ具体例を言うと、ネット宅配の商品は本来、店舗部門が収集するのがベストです。その方が店舗全体の人時効率から言うと圧倒的に効率がよいのです。ところが大体のネットスーパーはそうなっていません。どうなっているかと言うと、ネット宅配のピッキングさん(箱詰めスタッフ)が売場に行って商品を集めているのです。これも一体感の無さの現れです。つまり有機的に機能していない。スーパーの粗利益率は元々低く、ちょっとした人時効率の良し悪しが最終利益にも響いてきます。店舗部門とネット宅配部門との一体感が成功のカギと言っても過言ではありません。

 次回は主にシステム面での問題点と成功のカギについてお話ししたいと思います。