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実録!働かせ方改革(8) 経営危機でも「急がば回れ」 社員の定着率を高め組織づくりからスタート!

働き方改革が進み、残業時間削減や有休休暇促進、在宅勤務に踏み込む会社が増えてきた。それにともない、働きやすい職場が注目されている。本シリーズでは、部下の上手な教育を実施して働きがいのある職場をつくり、業績を改善する、“働かせ方改革”に成功しつつある具体的な事例を紹介する。
いずれも私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。諸事情あって特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。事例の後に「ここがよかった」というポイントを取り上げ、解説を加えた。
今回は、大きな負債を抱え込みながらも営業改革を行い、完済した企業の静かなる挑戦を紹介したい。新卒採用をスタートして定着を図りながら、営業力を強化し、業績回復につなげている。ぜひ、ご覧いただきたい。

Photo by chachamal

第9回の舞台:ゲーム店やカラオケ店の企画・運営

(社員120人、アルバイト1200人)

 

営業力を強化し、業績回復をめざす

 現在の社長(62歳)が就任した約15年前、負債は6億円ほどあった。売上は30億円前後だ。前社長は借金返済のため、金融機関を奔走していた際、トイレで意識を失い、急性心不全で亡くなった。ストレスのため、心身疲労の蓄積がピークを超えたのでないか、と社内ではささやかれた。

 前社長は創業者で、大株主ということもあり、社内では怖い者がいなかった。労働組合はなく、役員や管理職の大半はイエスマンだった。会議はほぼ毎回、社長が1人で話し続ける。そのため、競合店が増え、ゲーム店やカラオケ店の売上が減少するといった厳しい状況に対しても、社内で意見を言う者はほとんどいなかった。この頃から、慢性的に負債を抱え込むようになった。

 現在の社長は就任直後から、業績を回復させるために徹底して営業体制を強化した。とくに重視したのが、新卒(主に大卒)採用だ。以前は中途採用のみだったが、定着率は低かった。ベテランの営業部員数人は稼ぐが、それ以外の多くは給与分の働きすらできていない。このような状態が、営業力を弱くしている一因ととらえた。そこで、定着率を上げ、社員を育てるために新卒採用を始めたのだ。最初の数年間、エントリー者数は20人ほどだったが、現在では毎年200∼300人を超えるまでになった。ここ数年の内定者は、2∼3人だ。

 そのうえで、全営業部員60人ほどに、毎月役職や在籍年数に応じて3∼7万円の手当をつけることにした。毎月の報奨制度を設け、営業成績の高い社員には1回につき、10∼15万円の一時金を与えた。年間で多い社員は、70万円程度になるという。残業は営業部の月平均が40時間程だったが、現在は15時間程になった。年末年始と夏季休暇を合わせると、20日以上休めるようにもした。

 営業部を中心とした改革は功を奏し、社長就任5年目から業績は回復しはじめ、負債は13年目に完済した。その大きな理由として、社長は「新卒採用」を挙げていた。

 

 

新卒採用者の定着を図り、社内組織の協力体制を構築

 今回は、新卒採用をすることで営業部の体制を整え、巻き返しを図った事例だ。私が導いた教訓を述べたい。

 

ここがよかった ①
定着率に目をつけた

 定着率向上に目を向けたことが、まずよかった。多くの業界では、中途採用よりも新卒採用のほうが定着率が高い傾向がある。そのため、新卒採用をスタートしたことは賢明な判断といえる。定着率が高いと、チームや部署、会社全体の組織づくりがしやすくなる。ある程度の期間をかけ、社員間の協力体制も構築されるからだ。また、継続して1つの仕事に取り組めるため、満足感や達成感を得る機会が増える。このような仕組みを設けないと、通常、定着率は一定の期間で上がらない。

 負債を返済する場合、コスト削減だけでは限度があるため、トップライン(売上)と利益率を高める意味でも、営業力の向上は欠かせない。だが、多くのケースでは目先の数字に追われ、その大本になる人材の定着率アップにフォーカスすることをまずしない。だからこそ、「急がば、回れ」の発想で、新卒採用に取り組んだことが英断だったのだと私は思う。

 

ここがよかった②
待遇の改善

 定着率と同様、待遇についても見落としがちだ。とくに手当てや残業削減に力を入れたことが営業改革の成功につながったのだと考えられる。つまり、お金と労働時間などの環境を整えないと、今は社員の心をつかむのは難しいのだ。小さな会社では、待遇の改善はすぐにはできないのかもしれないが、試みることそのものはしたい。その姿勢を社員たちは見ている。

 負債の返済といえば、とかく目先のことばかりに躍起になるものだが、社員の立場になって考え、可能な限り就労環境を整えよう。これもまた、「急がば、回れ」ではないだろうか。

 

神南文弥 (じんなん ぶんや) 
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。

 

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