中国EC最大手のアリババは毎年、テクノロジーカンファレンス「雲栖大会(The ASPARA Computing Conference)を開催している。アリババといえば「ニューリテール(新小売)戦略」を掲げ、オンラインとオフラインの融合を急速に進めていることが日本でも知られている。今年の大会ではそのニューリテール戦略における具体的な成功事例が数多く発表されたが、単なる「ネットとリアルの融合」ではなく、金融や物流などアリババが持つさまざまなインフラを基盤に、外部顧客のビジネス成長を促進させるという新たな方向性が垣間見られた。今回から3回に渡って、実際に雲栖大会に参加したGloTech Trends 編集長の菊谷信宏氏が、最新のニューリテール戦略について事例とともに解説する。
基調講演のチケットは高額も即完売!「ニューリテール2.0」の幕開け?
シリーズ第1回となる今回は、初めて「雲栖大会」の名前を耳にする方にもアリババのニューリテール戦略を簡単に理解していただけるよう、雲栖大会の概要やコンセプトなどを中心にまとめていきたい。続く第2回、第3回では、大会2日目に開催された「雲栖大会ニュー・リテールサミット(雲栖大会新零售生态峰会)」のセッションから、日本の小売関係者からも注目を集めているニュー・リテール戦略の具体的な成功事例を紹介していく。
雲栖大会とは、アリババが中国国内の主要都市で開催するテクノロジーイベントである。そのなかの本大会的な位置づけとなっているのが、毎年秋にアリババの本拠地・杭州で開催される雲栖大会だ。今年は大会直前に創業者のジャック・マー(馬雲)氏が退任したこともあり、新経営陣たちからどのような発言や発表があるのか、例年に増して注目度の高いイベントとなった。期間中には世界81カ国から12万人を超える参加者が杭州に集結。アリババグループの主要経営陣が順番に登壇するセッション(大会初日に開催)に入場できるVIPチケットは5288元(約8万5000円)と高額ながら、発売からわずか30分で完売となるほどであった。
思い起こせば、2016年の雲栖大会においてジャック・マー氏が唐突に「Eコマースは今後10年から20年で消滅しその代わりにオンラインとオフラインを融合したニューリテール(新しい小売業)なるものが誕生する」と語りかけ、その後中国の小売業界に「ニューリテールブーム」が巻き起こった。それから3年が経過した今年の雲栖大会では、業績に裏打ちされた成功事例が数多く報告されることとなり、あらためて中国の事業展開スピードの速さに驚かされることとなった。ニュー・リテールサミット内での発表を受け、中国メディアが「ニュー・リテール2.0時代が到来」と速報した点も非常に印象的であった。
グループCEOが明らかにした「アリババ商業システム」の中身
今年の雲栖大会スローガンは「数・智(The Rise of Data Intelligence) 」。中国語で「数」はデータ、「智」はスマートコンピューティングテクノロジーを意味し、近年アリババが推進する「データ・ドリブン」のビジネスモデルへの移行を前面に押し出した表現となっている。
大会初日のセッションでは、アリババグループCEOであるダニエル・チャン(張勇)氏による基調講演が行われた。同氏は、「アリババグループ全体でデータ・ドリブンのビジネスモデルを加速する」としたうえで、「社会全体が”デジタル経済時代”に移行した今、資源としてのデータと、それを解析し有効活用するためのコンピューティング能力の2つが、アリババの成長エンジンとなる」と説明した。
そしてこの講演ではさらに、「アリババ商業システム」のコンセプトも発表された。アリババはこれまで、自社の経済圏を拡大する過程で金融、物流、マーケティングなどのインフラを自ら構築してきた。こうしたインフラをオペレーティングシステムとして共通基盤とすることで、外部顧客のビジネス拡大をサポートする――。これが「アリババ商業システム」の構想の中身というわけなのである。
「OMO」を軸に語るのはもう古い!? 「ニューリテール2.0」の世界観
実際、伝統的な小売ビジネスをアップグレードするニューリテール戦略においても、ダニエル・チャン氏が述べた「データ・ドリブン」と「アリババ商業システム」の2つが重要なファクターとなってきている。従来のニュー・リテール戦略はOMO(オンラインとオフラインの融合)を軸に語られることが多かったが、最近はアリババ経済圏のインフラ全体を活用した、前述の「アリババ商業システム」の一環としての事例が増えつつある。つまり、アリババの事業インフラとして活用することで、ニューリテール戦略がさらなる奥行きをもって拡大しており、その減少が中国では「ニューリテール2.0」という新しい言葉で迎えられつつあるのである。
ここまで、雲栖大会の概要と、アリババのニューリテール戦略の最新の動きについて触れた。次回以降はより具体的な事例として、百貨店業界におけるニューリテールの成功事例として知られる「銀泰百貨」の取り組みと、いわゆる「パパママストア」を”ニューリテール化”したことで事業規模を一気に拡大した「零售通(リンショウトン)」のケースなどをご紹介する予定である。
とくに零售通のケースでは、味覚糖(大阪府)などの日本企業も参画しており、中国市場での売上を飛躍的に伸ばすことに成功。ニューリテール戦略は決して”遠い海の向こうの話”ではなく、日本企業にとっても密接に関連するテーマとなりつつあることが明らかになっている。ぜひご一読いただき、自社の成長機会にしていただければ幸いだ。