少子高齢化と経済成長の停滞(OECD諸国の中で日本の実質賃金は最低レベル)、外資アパレルの市場参入が進んだ。外資の後塵を拝した日本の多くのアパレルは、デジタル化に一輪の望みをかけるも、その実態は厳しいとみている人が大勢だろう。だが、複数のアパレル経営者と話をしていると、デジタル化による論争は、メディアで騒がれているレベルの話は、すでにほとんどの企業が卒業し、今、「その次」を模索し始めている。
デジタル化だけで、小売業界の難局を乗り切ることはできない
「その次」とは何か。
それは、アパレルビジネスの原点回帰であり、服のデザイン、提案など、消費者をワクワクさせる商品開発など「企画力の強化」だ。
彼ら(=多くの日本のアパレル経営者)はいう。「デジタル化は生産性の低い日本の小売ビジネス生き残りの必要条件だが、事業成長まで踏まえた十分条件では無い。デジタル化だけで、この難局が乗り切れるとは思えない」と。
確かに、未だに手作業で仕様書を描いたり、経験と勘で発注量をきめ、口頭指示で供給業者に指示を出す前近代的なやりかたがまかり通っているのが衣料品のものづくりだ。だが、そもそも、前売りが強くならなければ売上は先細り、いかなる生産性向上の努力も無駄になるというのだ。また、ハイテクを駆使し、お客様の購買動向、ニーズを細かく把握しても、それらを満たすに足る商品そのものが自社に存在しなければ、そもそも売れるはずがないというわけだ。ましてや今は、「価格」は売れ残り在庫の「換金化変数」としては全く機能せず、消費者は「タダでも欲しくないモノは入らない」というほど洋服ダンスの中は服で一杯なのである。
販売側の、“お客様の不の声の解消”を目的とした、フリクションフリー (お客様の購買不満を解消する)という考え方は、こうした状況の決定打とはいえないものの、放っておけば、Amazonなど、ガリバーにますます差をつけられるのは事実。しかし、限られた経営資源を傾けるべき領域は、そもそも勝てない相手に真正面から勝負を挑むことではなく、「お客様に待ってでも買ってもらえる、欲しくなるような商品、ブランドの開発ではないか」という声が聞こえ始めた。企業改革の最前線にいると、こうした生々しい経営者の考えに触れることができ、大変参考になることが多い。
デジタル化の「その次」は企画力である!
そこで、彼らが最も悩むのは、いわゆるシンギュラリティ(AI<人工知能>が人智を超越する)であり、「クリエーションもやがてシステムが人間の業務範囲を抜かすのではないか」、という不安と疑問だった。私は数多くのAI のトレンド分析(予測では無い)の場に立ち会い、その卓越した技術と可能性に驚愕した人間の一人だ。しかし、だからといって(現段階で)優秀なマーチャンダイザーを抜かすほどの精度をもっているかどうかと聞かれれば、大声で YESとは言いにくいところもある(時間の問題であろうが…)し、そもそも、20年前に業界がQR一色となり、同質化に陥ってコスト競争に陥った苦い歴史の生き証人でもある。
少々、話を横道にそらすと、あれだけ売れないといわれ続けたApple Watchを毎年改良し、色々なコミュニケーションを用いて生活の中に溶け込ませ、市民権を得るまで粘り強く改良を重ねて事業の柱に育て上げたApple をみて、イノベーションとは一発勝負ではなく、粘り強さと強いヴィジョン・持続性であることを感じた。マーケティング的に「キャズム」と呼ばれる、大衆と新しいもの好きの間にある「溝」を超えることは容易ではないが、Apple Watchはその良い例だと思う。
幾社との討議を重ね、我々(私と経営者達)は以下のような結論に達した。
①こうしたハイテクは、トレンド情報の下地作り、枠組みとして利用し、そこからでてくる情報を参照情報とし、「人」が、独自性やブランドの守るべきルールを抽出、あるいは間引く。あえて、AIによる分析とは逆バリでMDを組むことも、ブランドによってはあり得る。
②トレンドを分かってやる逆張りと、分からずに外すのは似て非なるモノだ。このような、人とAIの相互協力こそ(当面の)現実的な解ではないか。
今、水面下ではポスト・デジタイゼーション(Post-digitization)で、先進企業では、「次の戦略」(成長戦略)を練っている段階にきている。残念ながらメディアで紹介される情報は数周も周回遅れであることが多い。企業の内部に入り、建設的に経営者と日々議論をしていると日本のアパレル企業は、必ずこの難局を乗り切り復活を遂げると信じている。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)