5回連続で、部下を次々と潰す上司を具体的な事例をもとに紹介したい。いずれも、私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で、クライアントである小売業や外食、サービス企業で見聞きしたものである。取引先の会社であるので、特定できないように一部を加工した。事例の後に、そこから導くことができる教訓を取り上げた。私はかねがね、上司がいじめやパワハラをした自覚がないままに、部下を失意の退職や精神疾患などに追い詰めることが多いと考えている。本人は、「指導」や「育成」をしていると信じ込んでいる疑いがあるから、事態は深刻になる。読者の皆さんは、この事例から何を感じるだろうか。
第1回の舞台:中小外食チェーン
首都圏を中心に展開する外食チェーン(中華)。創業25年で、現在、店舗数は約20。正社員は30人程で、アルバイトやパート社員などが約70人。非上場で、労働組合はない。
我が息子への“脅迫”で怒った母親が、
弁護士を通じて送りつけてきた内容証明郵便
「こちらは冷静ですよ。向こうの母親が興奮していて…。俺は注意をしただけ。なぜ、あんなに怒るわけ…?」
2016年夏、創業者であり、オーナーの社長(46歳)が2年前のトラブルを自慢気に私に語った。14年の春から夏にかけて、私立大学の学生がアルバイトとして働いていた。主に厨房で調理補助をするが、2~3時間ごとに約5分間控え室で休憩をしたようだ。店長やフロアマネジャーの了解をとったうえだったが、社長は気にいらなかったらしい。ある日、学生を叱りつけた。
「口頭で諭しただけ。“また、休憩をしているのか”と聞いたら、おもしろくなかったみたい。その後、数日間、無断欠勤。俺が学生の住むマンションへ出向き、頭を下げて部屋に入れてもらい、話し合いをした。ところが、その場で辞めると言い始めた。だから、“残念だね”と労をねぎらい、離れた。なんで、母親があんなに怒るの?」
社長と学生の話し合いから10日ほどの後、母親が店に現れ、社長に抗議をした。「うちの息子に脅迫に近い物言いをして謝罪をさせたことに納得がいかない」という。学生は、社長との話し合いをスマホのアプリを使い、録音していたようだ。母親はその音声データを通じて、息子が社長に対し、「すみません」を連発し、怯えてお詫びをしている様子を聞いた。
社長は「学生は仕事を放棄し、無断欠勤した揚げ句、無断で録音し、証拠と言わんばかりに母親に聞かせて、泣きついた」と小ばかにした表情で語る。
後日、母親は弁護士を通じて内容証明郵便を送りつけてきた。そこには、「社長から殴られた」「怒鳴られた」「脅された」「ラインを通じて、何度も脅迫する」「身の危険を感じる」などと書かれてあったという。
社長は締めくくった。「労働者(学生)の側に立つ弁護士は、偏った考えの持ち主が多い。あんな学生の言い分を真に受けている。母親にも問題がある!今の40~50代の親の教育はまるでなっていない。日本は、大丈夫なのかね…」
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今回の問題点と解決策!
今回の問題点と解決策は以下の3つ
ここまでの話は、私が16年夏に社長から聞いたものだ。トラブルは、学生が休憩をしていた時に、社長が注意したところから始まった。もしかすると、その前から何かがあったのかもしれない。学生が住むマンションでの話し合いが、さらに問題を引き起こした。実際のところ、室内で何が行われたのかは2人にしかわからないだろう。いかに弁護士とはいえ、内容証明郵便の内容が事実かどうかを正確に判断するのは、難しいかもしれない。
しかし、この事例から学ぶ教訓はある。私が考えるものを以下に挙げたい。
問題点1 職場で従業員のマネジメントについて共有することができていない
休憩について社長と店長やフロアマネージャーとの間で認識の差が多少なりともあった可能性がある。それ以外にも従業員の育成などをめぐり、意見の違いなどがあったとも考えられる。だが、特に従業員の採用や育成、さらに賃金や労働時間は深く話し合い、経営幹部間でコンセンサスを確実なものにしておきたい。このあたりは、何かとトラブルになりやすい。
問題点2 店長やフロアマネジャーに任せることができていない
チェーン店の社長がわざわざ、学生アルバイトにここまでの行動をとるのは珍しい。本来、アルバイトへの指導は、店長やフロアマネージャーがするべきではないか。社長のところに様々な権限や権力が集中し、店長やフロアマネジャーにはさしたる権限が与えられていないのかもしれない。
これが事実ならば組織の態勢としては、未熟と言わざるを得ない。社長は各店舗の店長から随時、報告を受けるルートをつくり、少々の問題があったとしても、基本的には店長の判断に任せるべきだ。そのようなことをしていないから、今回のトラブルに至ったとも言える。
問題点3 話し合いは「例外なく、職場で、2人以上の管理職が参加」するかたちで行う
アルバイトや正社員であれ、従業員と話し合いをするときは、「例外なく、職場で、2人以上の管理職が参加する」というルールをつくり、全店舗で共有するべきだ。社長が、学生の住むマンションに行くのはやはり、問題がある。しかも、1対1の話し合いでは「言った、言わない」の泥仕合になりかねない。
店長とフロアマネジャーが店舗内で学生と話し合いをして、解決を図るべきだった。学生に説明した後で、双方のやりとりを録音することを検討してもいい。音声ファイルは、後々に中身を加工することが技術的には可能である。ただし、本来は同じ職場で、同じ志を持つ仲間なのだから証拠を残そうとする行為はできるだけなくしたい。
神南文弥 (じんなん ぶんや)
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。