追悼 バロー創業者 伊藤喜美さん
バロー(岐阜県/田代正美社長)の創業者である伊藤喜美さんの歩んできた道のりは、激動の歴史だった。
食品スーパーマーケットの黎明期から成長期を先頭を切って、生き抜いた人生だった。
伊藤さんは、大正11年(1922年)、岐阜県恵那郡大井町に生まれる。
昭和18年、法政大学を仮卒業。戦時中は、学徒出陣で招集されると、陸軍歩兵第68連隊、豊橋陸軍予備士官学校を経て、陸軍中野学校に入学。スパイの教育を受けた。
その間、多くの仲間を失った。
「当時の仲間はほとんどが死んだ。あいつらがもし生きておったら、俺以上のことをやっただろう」。
伊藤さんの原点は、この言葉に集約されている。
終戦後は、23歳で家業の青果店「マルイ商店」を引き継いだ。
恵那の特産品である糸寒天や愛知県知多半島の師崎産の煮干しをひそかに仕入れては売りさばいた。闇取引だった。
四歳年上の兄で南方戦線から戻り、病に臥せっていた一夫さんは、そんな伊藤さんを諭した。「いつまでつまらんことをやっとる。まともな商売をやれ」。
27歳になった伊藤さんは、大井駅前の商店街にあった「マルイ商店」の経営に本腰を入れ始めた。
そこで伊藤さんの商才が開花する。名古屋で洋服を調達し、売るものに不足していた青果店の中央に洋服を置いたのだ。洋服は飛ぶように売れ、いつのまにか青果店は衣料品繁盛店になってしまった。
この商才と元陸軍士官の経歴を買われ、30代半ばで「恵那専門店会」の理事長に就任した。
昭和33年2月、『商業界』が神奈川県箱根町で開いていたセミナーに専門店会代表で参加すると、「セルフサービス」という言葉にピンとひらめいた。
「終戦後の日本はアメリカナイズされとる。これは日本でも必ず広がる」。
こうした中で、吉田日出男氏が始めた「主婦の店運動」を知った。
http://diamond-rm.net/articles/-/10024
商業の社会的地位が低かった中で、民主主義と近代経営を目指して、地域社会に貢献し、お客さまのために商いはあるという理念に感動し、スーパーマーケットを志した。
昭和33年9月、手探りの中でスーパー「主婦の店」恵那店を開業。駅前のパチンコ店を改造した店舗で売場面積は600㎡。食料品のほか、シャツやパンツなどの下着類も品揃えた。
ただ、開業に当たっては地域商業を破壊するものだと反対も多かったという。
オープン日は、お客が来てくれるかどうか、不安でいっぱいだった。
しかし、それは杞憂に過ぎなかった。
初日の営業が終わり、3台のレジを締め、現金を数えると、売上は期待を大きく上回る36万円に達していた。大卒の初任給が2万円の時代だから、いまなら3600万円見当。売上を発表した時には従業員全員が泣いた。
社員同士が一丸となれば何でもできる――。
これがバローのスタートになった。
開業一年後の昭和34年に、伊勢湾台風が襲来し、愛知県を中心に甚大な被害を受け、主婦の店も大きな被害に見舞われた。
名古屋の卸売市場が台風で壊滅する中で、従業員全員で農家を駆け回って野菜などをかき集め、食材を供給し続けた。
そして、このようなひとつひとつの積み重ねが地域から信頼されていくことになる。
何よりも地域のお客に喜んでもらえる店をつくること。地域に貢献することを伊藤さんは生涯をかけて追求してきた。
すべての営業活動は地域社会に貢献するためにある、店はお客さまのためにある、これらの商人道の追求と新しい業態であるスーパーマーケットに対する情熱が相まってバローの発展の礎になった。
昭和49年、社名をバローに変更。バローとは、「武勇」「勇者」を意味する。
平成5年、名古屋証券取引所第2部上場。同6年、会長に就任。平成17年、東京証券取引所第1部および名古屋証券取引所第1部に上場指定替え。
伊藤さんは、同年、相談役名誉会長に就任した。
誰よりも人を育てることに熱意をもっており、「バローは人をつくる会社にしたい」が口癖だった。
若い人を育てるという観点から財団法人伊藤青少年育成奨学会を発足。また、「恵那市中央図書館~伊藤文庫~」を寄贈した。
http://www.ito-zaidan.or.jp/about/
http://library.city.ena.lg.jp/
娘婿であり、バロー現社長兼会長の田代正美氏は、「恵那の地で常に日本一を目指してきた人だった。伊藤の志は、バローの伝統としてしっかりと、引き継がれるだろう」と伊藤さんを送った。享年93歳。合掌。
本BLOGは、2015年9月7日に開かれた「故伊藤喜美 お別れの会」にて配布された小冊子『追悼 伊藤喜美 創造・先取・挑戦 93年の軌跡』をベースに記した。
千田直哉の続・気づきのヒント の新着記事
-
2024/09/02
魅力的な売場…抽象的な誉め言葉の意味を明確化するために必要なこととは -
2024/08/02
日本酒類販売社長が語る、2023年の酒類食品流通業界振り返り -
2024/07/03
「何にでも感激する経営者」の会社が業績が良い“意外な”理由 -
2024/06/07
経費率16%なのに?ローコスト経営企業が敗れ去るカラクリとは -
2024/05/23
キットカットをナンバーワンにしたマーケター「アイデアより大事なこと」とは -
2024/04/15
スーパーマーケット業界のゲームチェンジャー、オーケー創業者・飯田勧氏の経営哲学とは
この連載の一覧はこちら [1799記事]
バロー(Valor)の記事ランキング
- 2024-10-25週刊スーパーマーケットニュース コープさっぽろ、江別市の鉄道林跡地へ来年6月に出店を計画
- 2024-10-23週刊スーパーマーケットニュース ベルク上期決算増収減益も通期では増収2ケタ増益見込む
- 2024-11-11週刊スーパーマーケットニュース コープみらい、「コープ坂戸薬師町店」をオープン!
- 2020-02-06スパイ教育を受け、戦後小売の道に 一大勢力を築いたバロー創業者、伊藤喜美物語
- 2023-10-10バローの旗艦店&D・S店、「生鮮比率5割」高辻店の売場づくりを徹底解説!
- 2024-10-11週刊スーパーマーケットニュース 光洋、「糀フェス」を開催
- 2015-09-10追悼 バロー創業者 伊藤喜美さん
- 2019-11-29「スーパーは10店舗くらいが効率良い」 バロー田代正美社長が試行錯誤する「脱チェーンストア」マネジメント!
- 2023-01-26自前とアマゾンの両輪で売上数十億円めざす!バローHDのネットスーパー戦略
- 2023-10-10バロー森克幸社長が語る「生鮮強化の成果と5000億円めざす成長戦略の中身」
関連記事ランキング
- 2024-11-08怒濤の出店で1兆円が見えたロピア!大きな進化と懸念される副作用とは
- 2024-11-07「Foods Park」の17店舗目はイオンの跡地に居抜きで出店!
- 2024-11-18レシートは語る第15回 まもなく関西進出のオーケー、データでわかる競争力と成功のカギ
- 2024-11-0633億円めざすマミーマート、生鮮市場TOPセキチュー上尾店徹底解説
- 2024-11-12価格訴求から価値提案にシフト?「岡崎エルエルタウン店」で見られたロピアの進化
- 2024-11-08専門家がヤオコー久喜吉羽店を徹底分析!斬新な鮮魚改革と意外な課題とは
- 2024-11-08店舗網とM&Aの歴史が丸わかり!最新ロピア勢力図MAP!
- 2024-11-18既存店の数字が良い企業は実践!競合スーパーが進出しても影響を受けない方法
- 2024-10-25物言う株主時代に脚光!宅配以外もスゴい「生協」の事業モデルとは
- 2024-11-13繁盛店は80億円!ロピア、強烈な販売力支える「100%現場主義」の正体とは