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U.S.M.Hのデジタルブランド「ignica」の施策から小売企業が学ぶべきこと

ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(東京都/藤田元宏社長:U.S.M.H)は2020年にデジタルブランド「ignica(イグニカ)」を立ち上げ、デジタル・トランスフォーメーション(DX)や顧客体験の改革に取り組んでいます。後半となる本稿では、イグニカのサービスをご紹介しながら小売DXの可能性について前回の続きを解説します。

デジタルサイネージを法人向けに提供

 U.S.M.HDXソリューションの開発に力を入れるばかりか、それらサービスの外販事業も強化しています。その一例が「ignica サイネージサービス」です。

 同サービスは店頭をメディアととらえ、約40インチのデジタルサイネージを店内に10カ所ほど設置。売場の状況に応じてサイネージごとに異なるコンテンツを配信します。店内のキッチンで調理する様子をライブ配信したり、購買の最後のひと押しをする販促動画を表示して五感を刺激したりといった活用方法があります。

 これらは204月に2店舗でスタートし、その後232月には302店舗まで広がっています。235月現在ではクラウド上でコンテンツの配信状況を管理し、食品メーカーなどのコンテンツを配信することも可能です。

 このサービスはAIカメラの画像データと組み合わせてサイネージの視聴人数、視聴時間、性別、年齢層を計測し、店内販売データと連携することで視聴データの分析とレポーティングにつなげています。今後はこうしたデータを管理するCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)を独自開発し、「ignica SSP(サイネージ・サービス・プラットフォーム)」としてサイネージサービスとともにほかの小売企業や取引先企業への外販に力を入れていくそうです。

ECにおける顧客体験の向上

 購買の最終段階における「顧客体験向上のための最適化」という点で、U.S.M.Hが力を入れているのがEC(ネットスーパー)での顧客接点の活用です。

 顧客がECサイトで「購入ボタン」を押す瞬間は、お客さま自身や購入した商品といった情報が豊富に集まるタイミングです。その瞬間にAI・機械学習によってデータをリアルタイムに分析し、その顧客の関心・嗜好に最も合うと思われるお知らせを表示することで、一度限りの購入体験に終わらせない工夫を実施しています。

 自社の新商品・サービスについて案内を表示することでLTV(顧客生涯価値)を高めるだけでなく、親和性の高い外部広告主の広告コンテンツを表示することで広告収益の獲得も実現しています。弊社RoktではこのECにおける「顧客体験向上のための最適化」をご支援しています。

自社開発技術を業界他社へ積極外販

 U.S.M.H 2211月からセルフレジカート「ScanGo」で利用できるプリペイド式電子マネー「ignica money」の他社向けの提供(外販)を開始しました。もともと自社向けに開発したDXソリューションを他社向けにサービス展開しているのは理由があります。

 昨今では人口減少や単身世帯数の増加、そして狭い地域への複数店舗の出店により、1店舗あたりの集客力が下がっています。また、コロナ禍以降の世界情勢の変化が著しく、22年後半からはエネルギーコストの高騰や円安、鳥インフルエンザの蔓延などを背景に、生活物資が急激なインフレ基調へと傾いてしまいました。

 これらを要因として競争が激化し、ビジネスがより難しくなった今、自社で蓄積したノウハウを他社に提供するビジネスを行うことで、U.S.M.H は次の時代を担う新しいビジネスの足がかりを模索しているのです。同時に、同社は売上至上主義から生活者中心主義へと転換する要として、DXを位置づけているとも言えます。

 それはつまり、自社DX施策の外販は、顧客体験を最大化し、お客さまに正しいメッセージを届ける目的もあるということです。リテールメディア化が進み、オンライン・オフラインのあらゆる顧客接点が「メディア」になりつつある昨今、お客さまにレレバンシー(広告の特定ターゲットに対する興味・関心の関連性)の低い案内や広告を出すわけにはいきません。

 レレバンシーを高めるためにはお客さまが何を求め、どんな商品・情報を欲しているのかを的確に捉えて間違った案内や広告を出さないことが重要になります。すなわち自社にとどまらない多くの顧客行動データを収集・分析して、顧客体験を最大化する必要があるのです。

U.S.M.Hが手掛けるDXの今後の課題

 今後はこうしたサービスにユーザーがついてくるのかを検証するフェーズに入っていきます。U.S.M.Hの関係者によれば、動線のよい店舗ほどScanGoの利用率が高く、動線設計がうまくできていない店舗では利用率が低いというデータが出ているそうです。

 また、カスミ(茨城県)などの郊外型店舗ではGPSによりScanGoの利用店が自動的に設定されますが、マルエツ(東京都)などの都市型店舗では入店した際に手動でQRコードをスキャンし、利用設定をする必要があります。こうした細かな動線設計の差は、セルフレジカートの利用率にも影響するでしょう。

 U.S.M.Hをはじめ国内小売業界の多くのDXはまだ導入期や成長期のフェーズで、これから大きく躍進していくでしょう。デジタルで補完できる分野は積極的にデジタル投資を進め、その結果として生まれる社内の余剰リソースは、お客さまへのサービスの拡充にあてるのも有効です。デジタル投資は、求めるサービス水準が非常に高い日本のお客さまへの「おもてなし」につなげるための投資と言い換えることもできるのです。