大パラダイム変化のアパレル 変化する「直貿」の意味と戦略

2025/07/30 05:00
河合 拓 (FPT Consulting Japan Managing Director)

私は前回、日本の10年後を見据え今すぐ実行に移さねば、日本のアパレル産業は恐ろしいほどの打撃を受けると論じた。その最大の要因は、少子高齢化と古い産業の温存である。あれだけ騒いでいたAIも、いくつかのスタートアップ企業は出たものの、われわれに寄り添っている生成AIと呼ばれる技術は、結果的にGoogle、Microsoft、 Open AIと米国の3社になっている。ポータブルPDAは米国製スマホ、家電製品は韓国Samsungに世界を席巻され、日本の生命線である自動車産業は、なんとかトランプ関税を15%に食い止めたようだ。これは、一時的なものだが驚きだった。

Mikhail Spaskov/iStock

 しかし、猛スピードで追いかけているアジアのカーインダストリーも、結局「いつか来た道」を辿っているようだ。政治は「借金をして分配する」やり方でお忙しそうだし、「どうやって稼ぐのか」という根本的かつ、最も本質的議論をまともにしているようには見えない。成長が止まった先進国は「自国ファースト」を掲げ右翼化し、アジアの成長企業はどんどん近づいてきている。

 私は、これからの経営アジェンダは、「M&A」「デジタル」「東南アジア」と考え、この3つをリ・スキリングしている。とくに、中国やベトナム、インドネシアの三国は集中的にウォッチしているつもりだ。これら専門家とチームを組み、「現物、現実、現場」を体感している実務家を仲間にして、多くの議論や調査を続けている。そのうえで、極論かもしれないが、日本はもはやマーケットとして成立しない日が来るだろうと予言した。

 アパレル産業を取り巻く経営環境の変化も著しい。新型コロナウィルスのように、初期は風邪との違いさえハッキリしないウィルスが瞬く間に日本に広がった。夏は不可逆的に温暖化し続け、まだ7月だというのに、40℃という人間の体温より暑い国となり、昔のように「四季」をシーズンという概念で分けられなくなった。国民は高齢化し、財務三表も読めないまま「楽して稼ぐ投資」に興じ、その手の詐欺も増えてきた。

 昔であればこうしたばらついた点をつなぎ合わせ、線のようにしてストーリーを組み立てていたところが、中長期的ヴィジョンもないまま、専門家の知識よりも今日、せいぜい1週間後のレベルでものごとを考えるようになり、課題の本質が変わっているのに処方せんはまったく変わっていない。「お腹が痛い」と言われた患者に問診も十分せず、便秘薬を渡すような対処療法の改善(改革ではない)のパッチワークでその場をしのぎ、本質的な議論はないがしろにされたままになっているように見える。

 私は経済学者でもシンクタンク勤めでもなく、流通・小売業のコンサルティングという仕事を生業としている人間だ。しかし、多くの伝統的改善プランを盲目的に信じ、億単位のお金をドブに捨てるという産業界を俯瞰して見ると、その原因は必ず内側の改善で解決できるものでなく、経営環境を正しく分析し、どうすれば本質に近づけるかというところから考えるようになった。

 人に納得してもらうためにはWhy–What–How 、「なぜそうなるのか、何をすればよいのか、その方法は何か」を考える必要がある。この基本的な物事の考え方をもとに、読者の皆さまと一緒に、アパレル産業の課題の要因と解決仮説を組み立てて、連載を始めたわけだ。先週はMDについて持論を展開したが、本日は「商社外し」の「直貿」に対する誤解と解決策について考えてみたい。

Andrii Dodonov/iStock

今後、流通は益々短縮化されD2Cとなる

 まずは、論理的に考えてみよう。この超円安の時代において、さらなる「原価低減」を唱えている企業が多いが、バングラデシュの次はアフリカにでも行くつもりなのだろうか。もはや、財閥系3商社は「繊維撤退」の姿勢であるし、神戸の名門企業であるワールドは投資会社になってしまった。

 アパレルの企画段階の調達原価率は25~30%ぐらいで、メーカー出自のSPAアパレルは原材料調達からキャッシュアウトが発生し、リードタイムを計測している。一方、売場から拡張していったSPA型アパレル小売は、ものづくりを外注化し、原材料を工場に購買させている。巨大企業であるファーストリテイリングさえ、自家工場をほとんどもっていない。つまり、同じSPAといっても、メーカー発想のアパレルと店頭発想のアパレル小売は、そもそも比較にならない。それにも関わらず、そのあたりの事情を知らないまま、在庫回転率を考えている。結果、ゼロベースで物事を考えられなくなっており、同じミスを幾度も繰り返している企業もある。

 それでは、パラダイムの転換とは何か?それは、原価でなく自社の販管費こそ最適化させるということである。

 最近はどこのアパレルも「直貿」がデフォルトになっているが、その効果は計算すれば微々たるものであることがすぐわかる。たとえば、3000円で仕入れて1万円で売る場合を考えてみたい。商社のマージンは10%程度だから、原価3000円だとLDP (Landed Duty Paid: 海外から日本の倉庫に入るまでの原価経費)は300円程度となる(細かい話をすれば、CIF〈Cost Insurance and Freight=運賃保険料込み条件〉の10%程度)。

 つまり、商社をいじめ抜き、工場の国籍を替えるほどの力業をもってしても、低減できるのは上代価格1万円のうちの300円、0.3%しかない。もはや原価低減も限界に来ているとみるべきで、着目すべきは販管費のトップ3、「地代家賃」「人件費」「システム償却費」の3つなのである。さらに言えば、日本企業のPL原価率は45%〜50%ぐらいであり、営業利益を10%増やそうと思えば、在庫ロスの圧縮、利益貢献していない店舗の閉鎖(ただ、貢献利益を超えていて、営業利益がマイナス店舗の場合、固定費のブレークイーブンを下げることもあるため、営業利益ベースで店舗撤退を決めると、道連れで赤字化する中型、小型店舗もあるので注意が必要だ)、デジタルによる生産性の向上をするためには、新規事業や海外進出などをして余剰人員をオフバランスする必要がある。

 さらに、デジタルも今はSaaS(Software as a service:簡単に言えば、サブスクのようなもの)に替えて、まったく使わない機能をオーバースペックのように身にまとっている企業もある。この結果、業績が悪い日本企業の売上高販管費比率は50%前後まで高止まっているが、世界標準は40%台。ファーストリテイリングなどは(今はトランプ関税を考慮しているが)もともとは驚異の30%台となっていた。

 また、ユニクロなどに導入されているデジタルは、一般アパレル企業の参考にならないことが多い。私は、ある基幹システムベンダーによばれ、「ビジネス的にこれでよいか」と尋ねられたことがあるが、その基幹システムは典型的なトップダウン型のもので、極めて高いストレッチ目標を上層部の鶴の一声で店頭ごとの「売る力」に変化をつけて、店舗に売り切る努力をさせるというものだった。

 こんなものを日本の多くのアパレルが採用したらどうなるか。

 多くのアパレルはQR対応といって、店頭起点で初期投入を抑え(全投入量の30%〜50%)、残りの70~50%は初期投入とわけて、売れ筋を追加するという手法を採用している。さらに、あるデジタルベンダーは店舗を横展(売れ残った商品を売れている店舗に横流しすること)を頻繁に起こし、全体最適を唄っている。

このように、同じアパレル、あるいはアパレル小売のSPAは、ビジネスモデルも、在庫に対する考えがまったく異なるのである。販管費の上位に地代家賃が存在する企業は、キャッシュを生み出さない店を温存している。地方から人口減少が拡大している日本に、まだ店舗を出して細かく顧客さえ分析すれば売上が上がると信じ、昔と同じことをしているようだ。

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記事執筆者

河合 拓 / FPT Consulting Japan Managing Director

Arthur D Little Japan, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナー等、世界企業のマネジメントを歴任。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)。The longreachgroup(投資ファンド)のマネジメントアドバイザを経て、最近はDX戦略などアパレル産業以外に業務を拡大


著作:アパレル三部作「ブランドで競争する技術」「生き残るアパレル死ぬアパレル」「知らなきゃいけないアパレルの話」。メディア出演:「クローズアップ現代」「ABEMA TV」「海外向け衛星放送Bizbuzz Japan」「テレビ広島」「NHKニュース」。経済産業省有識者会議に出席し産業政策を提言。デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言

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