「らしさ」で支持を集めてきた東急ハンズ 知られざる誕生秘話と未来へ向けた新たな展開とは
EC業態の攻勢や人口減といった厳しい状況が続く中、リアル店舗としての「らしさ」を活かしつつ新しい価値提供を模索するのが、創業より半世紀近くになる東急ハンズ(東京都/木村成一社長、以下ハンズ)だ。12月22日にはカインズグループによるハンズの買収が発表され、業界内外に衝撃を与えた。
他にはないユニークな品ぞろえ・接客・店舗でコアなファンを獲得してきたハンズ。この記事では、「ハンズらしさ」を培ってきた同社の歩みに加え、時代の変化に対応した新たな取り組みについてレポートする。
すべてがゼロからのスタート…集まったのは「商品のプロ」
「ちょっと寄っただけなのに気付いたら何時間もお店にいた」「ともかくスタッフさんの説明が楽しい」…ハンズにそんな想いを抱くのは筆者だけではないだろう。人を惹きつける不思議な魅力を持つハンズの1号店は1976年、神奈川県藤沢市に誕生した。あまり知られていないが、ハンズは東急不動産グループに属しており、当初は社有物件の有効活用策として始まった事業だった。めざしたのは、当時アメリカで普及しつつあった「ホームセンター(HC)」の国内展開だ。
ただし、もともと不動産が生業だから小売業の経験を持つスタッフはいないといっても過言ではない。すべてがゼロからのスタートだった。仕入れルートも、コツコツと手探りで開拓した。窮余の策で釣具屋や靴屋の店舗裏に回り、段ボールに貼ってある送り状をはがし、そこに書いてあるサプライヤーへかたっぱしから電話する…語り継がれる武勇伝だが、うそかまことか今では確かめようもない。加えて、掛取引を引き受けてくれるところもなく、当時は現金で商品を買いあさった。
注目すべきは、販売スタッフを新聞広告で募集したところ集まったのは、「レジ打ち経験者」「接客のプロ」ではなく、塗料メーカーの営業マン・木材の卸業者・大工道具の開発担当者など、商品そのものに詳しい知識を持つ人材だったことだ。手探りで仕入れたさまざまな商品と、そして彼ら「商品のプロ」の存在が、ハンズの独特な接客に後々活きてくることになる。
店舗立地もユニークだ。一般的にHCは郊外のロードサイドに立地し、顧客の多くは車で訪れカートいっぱいにショッピングする。一方でハンズがめざすのは、ターミナルを含めた駅徒歩圏内に位置する「市街地型HC」だ。学生や通勤客でも利用できる利便性は、ほかのHCにはない大きな魅力になった。
社有物件を活用できるメリットも有利に働いた。藤沢に続き東京・世田谷区二子玉川に2号店を出店(いずれも現在は閉店)。人口の多いエリアの便利な立地に展開できるバックグラウンドを最初から持ち合わせていたことは大きい。オープン時には警備員が配置されるほどの盛況ぶりとなった3号店の「渋谷店」(東京都渋谷区)にも、社有物件ならではの秘話がある。実は渋谷店は、東急不動産が持て余していた三角地かつ傾斜地をなんとか活用する方法として、1つの階を3つに分割し階段を降りながらフロアを俯瞰できる「スキップフロア」を採用し建てられたもので、これが渋谷店を印象付けるポイントにもなった。悪条件が産んだ苦肉の策が話題になるのだから、世の中わからない。