NRF APAC 2024から見える顧客体験の新潮流(セミナーレポート)

2024/10/22 16:00
株式会社ダイヤモンド・リテイルメディア 流通マーケティング局
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NRF APAC 2024から見える顧客体験の新潮流

アジアで初開催された「NRF APAC」からどんなメッセージを受け取り、今後のビジネスに生かして行けばいいでしょうか?ニューヨークで開催されるNRFとは違った、APAC独自の進化を示す「NRF APAC」。現地の講演・展示・店舗視察から見えてきた最新動向の中から、ユニファイド・コマースとリテールメディアを中心に、顧客体験進化の新潮流についてお話しします。

徳久 真也

株式会社博報堂
コマースデザイン事業ユニット
コマースコンサルティング局 局長
徳久 真也 氏


APAC地域の現況

アジアで初開催された「NRF APAC」からどんなメッセージを受け取り、今後のビジネスに生かして行けばいいのだろうか。毎年ニューヨークで開催される本家「NRF」とは違った、APAC独自の進化を示す「NRF APAC」。現地の講演・展示・店舗視察から見えてきた最新動向の中から、ユニファイドコマースとリテールメディアを中心に、顧客体験進化の新潮流について解説する。

APACは経済停滞国と経済成長国の二つに分けられる。前者は、日本・ニュージーランド・オーストラリア・タイ・ミャンマー・中国などで、後者はそれ以外の国々だ。 GDP成長率と人口増減の数字を見ると、停滞国の場合はどちらも減少傾向となり、成長国では増加していることがわかる。若く人口が多い地域には活力があるため、デジタルネイティブの消費者も増加。1日あたりのソーシャルメディア利用時間を比較しても、成長国側が多いことが示されている。所得面では日本を上回るような国も(都市部では)多く出てきており、経済水準も高まっている。

オムニチャネルからユニファイドコマースへ

ユニファイドコマースは、オムニチャネルを1歩進めた考え方で、オフライン・オンライの垣根が融解して統合されていくことが当たり前になる中で、「顧客体験」の提供を行っていくこと。ハード面のインフラ投資アプリ、顧客データベース、ビジネスインテリジェンスツールの構築のもとに、ソフト的な顧客体験がどうなるかというポイントが置かれ始めている。

アジアパシフィックならではのユニファイド(融合の仕方)として考えられるのは、オンライン・オフラインチャネルのユニファイドではなく、買い物体験・食体験・エンターテインメント体験、これら3つの体験のユニファイドのことを指している。シンガポールをはじめ、多民族・多文化の国が多いことから多様性を求められる土壌であり、外食文化も根付いている。こうした背景からも買い物だけのコマースが成立しにくかったと言える。
アジアでは都市部に小型ショッピングモールが多数見受けられる。アメリカにあるような郊外の巨大なショッピングモールとは全く性質は異なる。アジアのショッピングモールは、買い物・食・エンターテインメントが三位一体となり、それぞれの個性が際立っているのが特徴的だ。モールよってもコンセプトや打ち出しが異なり、多様性あふれるユニファイドコマースが展開されていると考えることができる。

日本のモールでは、アパレルエリア、フードコート、ゲームや映画のエンターテインメントなどフロアごとにカテゴライズされているが、東南アジアではこの概念はなく、アパレルショップ・本屋・ラーメン屋が横並びとなり、カテゴリー分けなど関係ない一見カオスのような配置が当たり前となっている。Z世代に振り切ったモールでは、ガジェット系のショップを網羅し、クライミングウォール、eスポーツ、ドローンなどで遊べるエリアが設けられ、若者のカルチャーに寄り添ったコミュニティが展開されている。
スーパーマーケットには、店内にバーが併設されているところもあり、買い物の合間にお酒を楽しむこともできる。買い物・食・エンターテインメントが融合しているからこそ、それらの垣根が低く、多様に共存している感じが当たり前の土壌なのだ。

ユニファイドコマースが統合的に形作られていく中でも、国や地域によって望まれるものは異なるため、グローバルな横展開ではなくローカライズすることが重要と言える。地域や出店エリアに合わせた顧客体験の構築だ。

いくつかの企業の講演で取り上げられていたユニファイドコマースを紹介していく。

モエ・ヘネシーの店舗デザインは、上海・東京・シンガポール・バンコクなどアジアの中でも異なる。プロダクトにおいては旧正月や季節限定で竜のデザインパッケージを取り入れるなど、グローバルブランドであっても各地域のカルチャーに合わせたローカル展開を行っている。

イオンは、「ウォーム・カラフル・エクスペリエンス」という、人と人の温もりある体験の提供を提案していた。地域に根付いた店舗が向き合っている顧客1人1人にカスタマイズした究極の顧客体験を目指している。たとえばオンラインで注文を受けた商品の欠品に対し、購入履歴から最適な代替商品をピックアップ、電話で直接コミュニケーションを取り、温かみや誠実さを感じていただける顧客体験を実施している。

ドン・キホーテを展開するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスは「Don Don Donki」としてシンガポールなどに出店しているが、各店舗まったく内容が異なる。日本でもおなじみのワクワク感は継承しながらも、レイアウト、展開商品、POPなどはそれぞれの店舗で変えてきている。もともと個店の裁量が大きく、個店経営に強い店舗展開が、多民族・多文化に対応したアジアパシフィックでこそフィットしていと言えるだろう。

アジアパシフィックのリテールビジネスの特徴ともいえる顧客ニーズの変化の激しさには、スピード・アジリティ・モジュラリティという3つのポイントで対応されていくことが重要であるとの基調講演もあった。この3つの中でも特に、「モジュラリティ」はアジアならではの大切にすべきポイントだろう。ブロックのように「モジュール化」した成功パターンを簡単につけたり外したりしながら、変幻自在でアクションを修正できる顧客体験デザインが求められるという定義だ。日本企業が苦手とする部分でもあるが、店舗開発に活かしていく重要な概念なのではないかと考える。

エンプロイーエンパワーメント

エンプロイーエンパワーメントにおいても、欧米とアジアで論点が異なってくる。アメリカの小売業界の場合は、インフレが進み、コロナ禍で人が離れ、人手不足が大きな課題となっている。なかなか小売業に人が集まりにくくなっているため、働きやすい職場環境が整わないとリクルートも難しい。そこで、重視されているのはルーティン業務・事務作業・在庫チェックなどをAIやテクノロジーに頼って効率化・省力化し、それ以外の人と人とのコミュニケーションや接客に注力してもらうというアプローチ=機能的なアプローチが求められている。

一方で、アジアの成長国においては、就職希望者はたくさん来るため、自然と小売業に人が集まる構造になっている。しかし問題なのはすぐに辞めてしまう離職率の高さだ。ステップアップを求め、長く同じところで働くことをしないのだ。これを解決するために、アジアの企業は従業員に寄り添った調和的アプローチを取ろうとする傾向になる。

この調和的なエンプロイーエンパワーメントを実現するために、いかに長く働いてもらえるかを考え、キャリアアッププログラムの充実、トレーニングプログラムの充実度、キャリア開発支援など制度の構築、会社へのロイヤリティを向上させるためのイベント開催、チーム間連携を高めるプログラムの提供などが行われているという。

企業の事例では、シンガポール発のECプラットフォームを提供しているShopeeでは、キャリアなど関係なく、1on1の関係を大切に個人に寄り添ったキャリア設計・支援を実施している。

AIによる効率化にだけ向かうのではなく、こうした企業ロイヤリティを高めるために人へ投資をしていくという流れが、現在のアジアパシフィックにおけるトレンドであり、これが今後どう進化していくのかに注目していきたい。

リテールメディア

最後にリテールメディアの話だ。
アジアのリテールメディアは、モバイルファーストの若年層が多く、買い物もオンライン・オフライン分け隔てなく利用されているため、既に多くのECサイトが存在。EC広告を起点にして発展してきた米国と似たような状況にあり、リテールメディア市場が成立・立ち上がりやすい土壌が整っているといえる。

今年のNRF APACにおいては、アジアならではのリテールメディアの成功事例の発表は行われなかったが、欧米中心に拡大が進むリテールメディア市場拡大に向けたいくつかのポイントが共有された。

日本におけるリテールメディア市場拡大に向けた課題として、以下の「5つの分断」に起因するところが多いといわれるが、これらは欧米の課題ともほぼ同様の内容であることが示された。日本特有というよりは、小売業の上位寡占化が進む欧米においても、似たような課題感が共有されている。以下、今後リテールメディアが改善していく必要があると考えられる項目だ。

【5つの分断】 ・小売業の数が多く、個社ごとに細分化されがちな「小売業の分断」
・オンライン広告・サイネージ広告など、枠ごとにメニューが細分化されがちな「メディアの分断」
・宣伝部・営業部など部門によって予算の出どころが分断されている「予算の分断」
・リテールメディアを販促手段としてのみ取り入れ、広告的なアプローチで利用されにくくなっている「プランニングの分断」
・小売業各社で異なる評価指標やレポートにより横並びの評価ができない「評価指標の分断」

講演では欧米での事例や検討中の取り組みが紹介されていたので1つずつ追っていく。
「小売業の分断」は大きくデジタル広告として成長するために、クロスリテールプラットフォーム、リテールメディアアドネットワークなどの接続を考える必要があり、投資や開発を行い推進していくことが急務とされている。
「メディアの分断」では、広告主が抱えている課題に対し、リテールメディアがどう作用するのかをまず明確にしてあげることと、各媒体の枠売り主体のメニュー紹介ではなく、広告主の視点からメニューの役割について整理を行うことが大切とされている。 「予算の分断」に関しては、リテールごとに差別化した商品を打ち出して出向する理由や目的を明確にすること、販促予算だけではなく宣伝予算を狙っていくこと、そのために広告会社と組むことも検討すべきとの論点が提示されている。
「評価指標の分断」については、リテールメディアごとに異なる指標の統一化が謳われてきていたことを受け、IABというアメリカのデジタル広告の標準化等を行う業界団体が、リテールメディアにおける効果測定指標の標準化、リテールメディアならでは増分売上測定指標など定義についてのレポートとガイドラインの発表を行っていた。こうした業界を超えた標準化は、日本においても必要であると思われる。
最後に大切なことは、我々、日本もアジアパシフィックのメンバーであることを自覚するという点。NRF APACへの参加は出張して学びを得るという“来場者スタンス”ではなく、出店や発表を行う当事者側として赴く必要性を感じている。当事者でこそ得られるフィードバックがあり、ビジネスに活かしていけることもあるはずだ。
APACが欧米に比べて遅れているという思いや、日本はAPACでは高水準を保っているという意識は捨て、その先の視点を持つことが重要だ。
NRF APACはとAPACを比較することでアジアならではの成功パターンを見出すこともできる貴重な機会だ。ぜひ来年以降も引き続いての参加を推奨したい。

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